ウォルコット・ビルディング


 あのフラットでは、いろいろなことがあった。イギリスに引っ越してから初めて住んだフラットだった。その前は学生寮に住んでいたが、あれは「イギリスに住んでいる」などとは言えないような場所だった。近代的すぎて、学生しかいなくて、便利だが、なにもない。ウォルコット・ビルディングは、まったく違う。二百年近くも建っていて、真夜中になると、酔っぱらいたちがわいわい騒ぎながら前を通ってゆく。俺は夜になると部屋の電気を落とし、ロウソクの明かりだけにして、青いシーツをかぶったベッドに腰かけたり寝転がったりしながら、あれこれ考えたものだ。ウォルコット・ビルディング。
 最近、あの頃のことをよく思い出すんだよ。不安だった。楽しかった。寂しかった。酔っぱらった。なにかを書いた。英単語の暗記だってした。なにもかも、俺の生活そのものがあそこにはあった。そこに住んでいたんだから当たり前のことだが。
 自分の体の中に底なしの空洞がぽっかりと空いているような気になりはじめたのも、ウォルコット・ビルディングにいたころの話だ。薄皮一枚残して、俺は、自分の体はすべて空洞だと、半ば信じ込むようになった。それは今も変わらない。なにもかも、俺の耳や目、鼻や口から入り込むとその穴ぼこの中へゆっくりと落ちてゆき、やがて、俺の目にも見えなくなり、そこから先はなにがどうなるのか、自分でも分かりはしない。なにもかも大事だ。なにもかも下らない。いったいどっちなんだ。俺には分からない。なにもかも、真っ暗な底なし穴の中に落ちてゆき、二度とそのままの形では思い出せやしない。まるで、価値やそのときの感動など、まるっきり失ってしまったみたいに。
 ウォルコット・ビルディングの窓から外を見るとエイヴォン河が流れていて、その先には古びた建物が建ち並び、そのさらに先は山になっていて、その上に大学が建っている。大学は、ウォルコット・ビルディングからは見えない。建てるときに「街から見えないように作れ」とバース市が命令したせいだ。
 あの頃、自分がどう過ごしていたか、今でも割とはっきり憶えている。だが、あの頃自分がなにをどういうふうに感じて生きていたのか、今となってはすっかり思い出せない。近いところまではいく。そこから先は僅かなくせに、絶対的だ。これが歳を取ることかと諦め、俺は引き返す。いつでも。
 夜になると、大学のある山のてっぺん、遙かその上に月がかかって、とてもきれいだった。その月を見上げながら、短編小説をいくつか書いた。長篇もひとつ書いた。今はもう、どれも残っていない。確かそのころに、小説を書きはじめた。まだなにも分かっちゃいなかったから、今よりも面白かった。最初に書いたのは、宇宙船に恋をする中年サラリーマンの話だった。『パピヨン』というタイトルだった。書いて、誰かに読ませ、それっきりになった。あれは確か、一九九九年のこと。もうかれこれ五年も経つ。
 去年の夏。いや、一昨年の夏。大学院の卒業式でイギリスを訪れたとき、バースにも立ち寄った。俺はまだウォルコット・ビルディングの鍵を持っていた。合い鍵を作っておいたからだ。俺はシティ・センターからウォルコット・ビルディングまで歩くと、鍵を開け、中に入った。なにも変わっていなかった。つい昨日くらいに、そこを後にしたかのような気分にすらなった。部屋に入ってみたくなったが、それはやめておいた。今はもう、誰か他の人が住んでいるのに違いなかった。俺はしばらくじっとドアの前に立ちつくしてから、また階段を降りて、ロンドン・ロードに出た。近所の商店のおやじは、もう俺のことを憶えてはいなかった。そのときの気持ちを、今の俺は憶えていない。
 なにもかも後に置き去りにしながら、俺は一年一年過ごしてゆく。なにもかも、真っ暗な底なし穴の中に落ちてゆき、二度とそのままの形では思い出せやしない。