五月三十一日(月)
金曜に帰郷したときには「これは今夜が峠か」と思われた猫だが、まだなんとか生きている。今日は、声を絞り出すようにして散歩をせがむのだが、いかんせん足がふらふらでおぼつかないので、僕が抱き上げて、彼の気に入っている貯水池へと連れて行った。だが、運悪く今日は水が流れていない。ここ二、三日で分かったことなのだが、どうやら彼は、水の流れる音が好きなようなのだ。「なんだ、流れてないよ」とでも言いたげに、彼は、貯水池に流れ込む用水路の源流である沼へと続く階段を登り始める。自宅のリビングでは二歩歩くのもままならぬほど弱々しく見えるというのに、空と土と緑のあるところでは、階段でもぐいぐいと登って行く。今日は、十五段ほどの石段を、途中で二度ほど休みながら登り切った。
登り切ると、いつもなら閉まっているはずの金網でできた入り口が開いている。「これはいい」と、猫を抱き上げて水辺へと降りてみた。彼は恐る恐る水に顔を近づけると、二口、三口ほど舐め、それからすっくりと水辺に座った。その沼は周囲を深い緑に囲まれた美しい沼で、ものすごく空が高く見える。今日は南西から風が吹いてきており、水面にさざ波がうち、金網と大学の建物させ見えなければ、まるでカナダかスコットランドあたりの湖にでも来たかのような気分である。猫はさざ波が立つのを、座ったままの姿勢で三十分ほどもじっと見つめていた。隣に座り、背中を撫でてやると、顔をこちらに向けるようなことはしないながらも尻尾を振って返事をしてみせる。もう右目は膿のせいでつぶれてしまっているが、痛みなどはないようだ。背中を撫でる手には、骨と皮の感触しか伝わってこないのだが、どこにいったい、そんなに歩くほどの力が溜め込まれているのだろうか。
しばらくするとまた草地のほうに行きたいらしく、水辺を離れたので、また抱き上げて連れて行ってやる。草地に降ろすとゴロリと横になり、風に白い毛をそよがせながら、気持ちよさそうに寝ころぶ。僕もしばらくは並んで寝転がっていたが、気づけば化膿した右目に蟻が群がり始めている。初めは一匹か二匹くらいだったのだが、どこからともなく猫の顔めがけて二十匹近くも登ってくると、それが許せぬような気分になり、丁寧に指で追い払うと猫を抱き上げて帰路についた。リビングに入れてやるとそのまま段ボールの中で丸くなり、また眠りについてしまった。夜、また僕の顔を見上げて一声鳴いたが、あいにくと小雨が降り出していたので、連れてゆくのは諦める。明日まで生きていたら、また一緒に行こう。
雨の空を見上げながら「今夜かもしれないなあ」と、ふと思う。
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