日記
過去 04 05

留学記  バース編

なんでも一言:

会社名などは敬称略で。  
 六月二十九日(火)
 Articleのコーナーに、短編『ネイル・ハート』を追加しました。


 
 六月二十八日(月)

 近所のリサイクル・ショップにて発見、HOTEIモデル。ほ、欲しすぎる!!

 今日はバイクで、九段下近辺のPHP研究所へ。かれこれ、もう9ヶ月ほども携わっている実用書の編集打ち合わせ。行きがけに新宿通り沿いに建っているポプラ社のビルに、でかでかと『Good Luck』の垂幕がかかっているのを目にする。いつもああいう幕を見ると思うのだけど、畳何帖分あるのだろうか。ともあれ、年末に刊行予定されている書籍の打ち合わせをし、次に翻訳することになるかもしれない本のことなど、ちょこっと話してから帰宅。今月から来月にかけては、推敲が2本とリーディングが1本(欲を言えば2本)あるので、かなり忙しそうだ。『Good Luck』が出たらひと休みしようと思っていたが、甘かった……。まあ、それも七月いっぱいまでの辛抱。八月からは、バイクの大型免許でも取りに行こうかしらと画策中。

 帰り道でアキラ君に電話をしてみたら、ちょうど外にいるということなので、四谷三丁目のドトールで待ち合わせしてお茶。彼に会うのは本当に久しぶりだったが、変わりないようでなによりだった。また一緒に酒でもと思うが、彼も子供が生まれてしまったので、時間が思うようにならず、なかなか難しい。飲もう飲もうと言いつつ、半年くらい経っている。とりあえず、ふたりで武者小路実篤の話題で盛り上がっておいた。僕はとにもかくにも、彼の『矢を射る男』が大好き。読むたびに笑える(愛のある笑い)。

俺の放つ矢を見よ。
第一の矢はしくじった、
第二の矢もしくじった、
第三の矢もまたしくじった。
第四、第五の矢もしくじった
だが笑うな。
いつまでもしくじってばかりはいない。
今度こそ、
今度こそと
十年あまり
毎日、毎日
矢を射った
まだ本物ではないにしろ
たまにはあたり出した
見よ
今度の大きな矢こそ
人類の心の真ただ中を
射あてて見せる
そしてぬけない矢を
俺の放つ矢を見よ。

 特に「たまには当たり出した」のあたりが、僕はとめどなく好きです。


 六月二十七日(日)
 昨日の午後六時に起床してから、ずっと寝ないままで過ごす。「ここで寝たら、また変な時間に目が覚めてしまって、明日の打ち合わせに行けなくなるから」と、夜まで寝ないことにしたはいいが、午後に入ったころから、ものすごい眠気。午後二時からは、たまたまケーブルTVでやっていた『ザ・ロック』など観ながら(ニコラス・ケイジもショーン・コネリーも好きな僕にとっては、バイブルのような映画)、なんとか午後四時まで過ごす。途中でCMの間につい10分ほど寝てしまったが。
 その10分が効いたのか、四時になって映画が終わるころにはなんだか元気になっていた。だが、どうせすぐに、いきなり眠気が襲ってくるのに違いない。そう思い、とりあえず、外に出る元気があるうちに外に出て、夜まで遊んでしまえと、久しぶりにビリヤードに行ってきた。
 ひとりで通ったことのある人しか分からないと思うが、ビリヤード場にいると「よかったら一緒にやりませんか」などということが、ちょこちょこある。昨日もまたそんな日で、後から来たタケダさんという男性と一緒になった。この人がもうめちゃくちゃ強くて、ボッコボコにされる。三時間くらい一緒に撞いたのだけど、ラスト一時間半くらいはホント、撞くのも嫌になるくらい強くて参った。僕のほうはといえば、時間が経つにつれて眠気がひどくなり、もうヘロヘロ。まあ、元気なときでもそれほど勝てなかったろうけど。
 でもアレな。うまい人とやると、テーブル上のボールが残り5つとかになってくると、もうダメ。回ってくる気がしない。ビリヤードって、ただ落とすだけではなく、それよりも「どう次の球を落としやすくするか」というところが難しいわけだけど、これは、ある程度やっていれば、分かってくる。問題は「自分がそのイメージ通りに球をコントロールできるかどうか」なのだ。まあ、パズルみたいなもの。だが、僕くらいの腕前だと、パズルの解き方は分かっても、そのイメージ通りにゲームを進めるだけの技術がないのだ。「このボールを入れた後に次のボールのところに手球を持って行くには、手球のこの辺を撞いて、このクッションに当てて、このくらいの力加減で」といろいろ考えるのだけど、あんま考えすぎると、今度は今狙っている球が入らない。この辺が、我流の限界かなあと、最近思っている。ここまでは、どうすればできるようになるか考えながら練習することができたのだけど、もう、どうしていいか分からないのだ。参考書でも買ってあれこれ試してみるか、それとも、プロのいる店で金払って教えてもらうか……。
 などと考えるたびに「でも、そこまでするほどかしら」と思ってしまい、ついついひとりで遊んでしまう僕です。


 六月二十七日(日)
 先日イラクで殺害された韓国人男性の映像をテレビで観てから、なんだか寝付けなくなり、ここ何日かは朝まで起きているのが当たり前になってしまった。夜に布団に入って目を閉じても「I don't want to die! I don't want to die!」と悲鳴をあげる彼の姿が脳裏に蘇ってしまう。あれは、ショッキングな映像だった。今日もすっかり布団の中で寝返りをうち続け、気づいてみれば、日曜朝八時半。知らない人に喉を切られて死ぬっていうのは、いったいどんな気持ちなんだろう。人生、一度しか死ぬことはできない。誰の死に方も、できる限り満足ゆくような死に方であるべきなのに。

 今、いろんな国で自国軍隊の派遣に関して応か否かを問うたりしているニュースをよく観るけど、あれはやっぱ「行ってくれるのは他の誰か」という気持ちがあるから、「派遣すべき」などと言えるのではないだろうか。ネットでも、「国際的な立場上、自衛隊派遣は云々」などと知ったような顔で書いている人がいたりするが、自分が一緒に着いていくくらいの気概があって言っているのだろうかと、いつも疑問に思う。まあ、それは一般国民に限らずだけど。戦争をするって決めた人たちが全員参加して先陣を切らなくちゃいけない法律とか、できればいいのに。


 六月二十六日(土)
 昨日「無頼庵は廃業しているのに、そんな頃から読んで下さっているとは頭が下がる」と書いたところ「自分もまだ読んでます」というメッセージとともに『Good Luck』の感想を送ってきて下さった読者の方が、何人か。本当におどろき。無頼庵は、文体とスタイルのものだったと思っている部分が自分ではあったので、その双方がすっかり変わった今でも読んで頂けているというのは、単純に嬉しいものだ。ありがとうございます。また、詩でも書いてみようかしら。それと、電車で吊り広告を見たり、書店でパネルを見たりした旧友たちが、ネットで検索してここに辿り着いてくれたりするのも嬉しい。

 そういえば昨年末、『Good Luck』と同じころに翻訳をしていたPHP研究所の実用書、今年の暮れを目処に刊行の運びとなった様子。月曜日に打ち合わせに行ってくるが、これも長かった。「できれば『Max Tivoli』が終わったら年末まで休もう」などと思っていたが、いくつか翻訳の依頼がありそうな気配もチラホラしており、それ次第では、下半期のほうがむしろ忙しそうな様相を呈してきた。長編をひとつ書こうと思っていたのだけど、大丈夫だろうか。

 あ、そういや「バース」で検索してくる人。もしかしたら旅行や留学で行くのかもしれないけど、『Shwartz Bros.』のハンバーガーがマジお勧めなので、行ったらぜひ食べてみてください。バースには店舗がふたつあって、一軒はウェイトローズから郊外へと延びるウォルコット・ストリートの右側、もう一軒は、市街中心部の劇場の近くにあります。確か、メイン・ストリートにあるディクソンズという電気屋のあたりを曲がると見つかるはず。僕は、ガーリック・マヨ・バーガーに、オプションでベーコン載せるのが好きでした。名前からして、なんとも不健康だけど。まあ、なにもかも、脂が美味いのがいけない。まずい脂さえあればなあ……。


 六月二十五日(金)
 ユーロ2004、イングランド負けてしまった……。ベッカム、またPK失敗か。まあ、本人が悪いというよりも、運が悪かったのだろうな。イングランド、強いのだけど、どうもタイトルに手が届かない。やっぱ、FWにシェリンガムを戻すべきだ(個人的に好きなだけ)。しかし、どうも試合の決着がPKでつくのって納得行かない。どこかで「じゃあ、最初っからそれでいいじゃねーか」と思ってしまう。それよりも、ゴールデンゴール方式でもシルバーゴール方式でもごっつぁんゴール方式(FW鈴木隆行)でもいいから、最後までチームで戦って欲しい。

 死や愛に救いがあるように思うのは、死も愛もよく分からないものであるから、まだそこに希望を抱く余地があるからではないだろうか。と、ふと思うが、別に、どうでもいいといえばどうでもいい。

『Good Luck』の感想が、僕の手元にもいくつか届いているが、「無頼庵氏の翻訳」という表現を使って下さっている方が、その中にいた。もう一年くらい前に無頼庵は廃業しているのに、そんな頃から読んで下さっているとは頭が下がる。わ、若い女性でありますように。


 六月二十三日(水)
 本当に久しぶりに、佐々木彩子と飲む。渡部君や彼女と一緒にやっている『らぶじる』というユニットで、誰もいない方向へ向かって突っ走って行こうと、三時くらいまで仙川の『庄や』にて語り明かす。それにしても『庄や』って安い。金がないときは、『庄や』に限るね。

 そういえば、『BLUE』に登場した女流作家シルヴィア・プラスの『ベル・ジャー』が、河出書房新社より刊行された。翻訳は、脚本家の青柳祐美子氏。この本は、昔『自殺志願』というタイトルで邦訳が出版されていたが、絶版となってしまっていた作品。新訳が出るのは、喜ばしいことだろう。とてもいい作品なので、よかったら、書店などで手にとってご覧になってみてください。


 六月二十二日(火)
 室内はあまりにも蒸し暑く、座っているだけで、体がべとついてくるような気持ち悪さがつきまとう。俺はごろりと横になったまま、エアコンを点けたり消したりを繰り返している。窓ガラスを一枚挟んだところには、さらに蒸し返すような熱気が立ちこめているのだという予感を感じながら、カーテンの上から窓ガラスに触れてみる。予期していたような、ぼんやりとした冷たさは指先に伝わって来ず、俺は、「その冷たさを予期したのは、いったいどの記憶のためだろうか」と、結論を出す気もなく考えはじめる。まったく無益な午後のひとときだ。俺はむっくりと上体を起こすと、もう一度、エアコンのスイッチを入れる。吹きおろしてくる角張った冷風の不健康さが嫌になり、すぐさま消す。窓の外のベランダに置かれた室外機が、ごとりと音を立てて止まる。
 そういえば、この辺りをぶらぶら散歩したことがほとんどなかったことに思いあたり、今日の午後は散歩に費やそうと、布団の横に脱ぎ散らかしてあるジーパンの裾をつかんでたぐり寄せる。理由はなんでもいい。なんとなく外に出たい気分だった。
 昨日来たままのTシャツを着替えるかどうか迷ったが、結局替えずに外に出ることにする。どうせ、昨日と同じ人と会うわけでもないし、不快に感じているわけでもない。ジーパンの脚の部分に丸まって詰まっていた靴下を引っぱり出すと、それもそのまま履くことにする。新しい服に着替えるほどのこともない。
 外は部屋よりも暑かったが、部屋の匂いがしないので、幾分か過ごしやすく感じられた。俺は、なにもない住宅地へと入ってゆく。行けども行けども家々のブロック塀が続くばかりで、ときおり行き止まりに突き当たり、引き返す。どこからかピアノの音が聞こえてくるのに気づき、俺は右手でブロック塀を触りながら歩く。指先に、ざらざらとした塀の感触が伝わってくる。アスファルトの照り返しを避けるように歩こうと思うと、今度は左手を壁につけるような格好になった。住宅街は、人が自分の世界を閉じ込めるために作った家々の並びと、その並びに削り取られた世界の残骸である。不確かではあるが静かな調和を感じ、俺は背筋を伸ばしてみる。なにを調和と感じているのかは分からなかったが、感じているということは、確かにそこに調和が存在しているということであり、それ以上考えても意味などないのだろう。
 しばらくして歩くのにもすっかり飽きると、マンションの近くにある公園のブランコに腰かけて、煙草に火をつけた。誰かが部屋の窓を開けっ放しにしてでもいるのか、甲高い金属質の声をした女が歌うラブソングが聞こえてきている。俺は、その手の歌が好きではない。きれい事など、百害あって一利なしだ。醜い、どろどろとした物を拒絶するかのように並べ立てられる愛の言葉の、なんと醜く、残酷なことか。その美しいだけの言葉に作られる美しい世界に憧れるあまり、人は自分の醜さを許せなくなってしまうかもしれない。
「ずっと好きだよ」あの女は言った。それは「今はそういう気持ち」という気持ちの表れでしかなかったのだが、彼女は、いつしかその気持ちが落ち着きはじめた自分を責めるようになった。あの女が泣いたのは、このブランコでではなかったか。「すぐ愛情がなくなっちゃって、いつも一緒にいたいって思えなくなるの」
 煙草が燃え尽きると、近くの自動販売機で烏龍茶を一本買ってから、マンションに帰った。あれこれ頭の中に思い浮かぶことはあるし、なにかが思い浮かべば、言葉を連ねてあれこれ考えてしまうことや、あらゆるものに辻褄の合う説明をつけたいと思ってしまうことは止めようがない。俺が今日ここにこんなことを書いたからといって、それは、今日がごくありふれた夏の一日だったということだ。  


 六月二十一日(月)
 今日は、(株)アンドリュース・プレスにて、『The Confessions of Max Tivoli』の編集会議。先月末に訳了した初稿を元に、今後どのようにしていくかを相談する。今回は編集さんが、非常に厳しいTさんということもあり、冷や汗もののミーティングとなった。とはいえ、いい本に仕上げようという愛は皆同じ。忌憚無き意見を交わしつつも、嬉しい興奮が胸に湧く。まだまだ力足らずの部分も多いが、ベストの訳にしてやろうと、気持ちを新たにしたことだった。社長のオガワさんは、「こういう方が本を作っているのならがんばろう」と思える、非常に頼もしい人。前々からご一緒したかっただけに、非常に嬉しい。また、同社の編集者キオちゃんもとてもかわいらしい女子で、しかも僕の小説を読んでくれていて、さらに、このサイトも読んでくれているらしくて、うれしはずかし三十歳である。
 結局、午前三時まで南青山で飲む。翻訳って、まあ単純に言えば英語を日本語に直す仕事ではあるのだけど、ひとつの作品をどう捉えるかということが、訳者と編集者の間でも大きくちがったりして、難しい。僕がイギリスで受けた教育はどうも日本の翻訳事情には適合しない部分が大きく、前回の『BLUE』に続き、その辺りの難しさを痛感する。日本では翻訳者はほぼ透明な存在であるのに比べ、イギリスで受けた教育では「翻訳者は共著者であり、作家である」という感じなのだ。平たく言えば、イギリスでは翻訳者が作品を“解釈する”のが許されるわけだが、日本では、そのあたりの度合いが低まってしまう。このあたりは、慣れてゆくしかないだろう。とにもかくにも、やるしかない。翻訳とは作品に対する愛であり、そういう意味では、僕はこの作品をこの上なく愛しているのだ。

 打ち合わせが終わって近所の『唐変木(「からへんき」と読む人がいたらしい)』という居酒屋で飲んでいるときに、ポプラ社のサイトウさんから電話。『Good Luck』が予想を上回る売れ行きを見せているという。夕方には同社のノムラさんからご報告を受けたのだが、ほんとに、真顔で聞き返してしまうような売れ行き。「こりゃあもう、愛でも叫ばんとやってられんわい」と、早朝三時半に下北沢のはずれに行ったのだが、どういうわけか『輪廻』は閉まっており、仕方なく松屋で牛焼肉定食を食いながら、胸の中で愛を叫ぶにとどめた。とりあえず、今のところの『Good Luck』の成績は、下記の通りだそう。
・オール紀伊国屋日別ベストセラー(単行書)→6位
・平安堂売上ランキング(一般書)→2位
・TSUTAYA売上ベスト(文芸書)→3位

 帰宅してテレビをつけたら『タッチ』がやっていた。「カッちゃんは、南のナイトなの!」とぬかす朝倉南に毒づきながら、ぬるいポカリスエットを飲む僕であった。


 六月二十日(日)
 朝まで起きて、F1アメリカGPを観戦。佐藤琢磨選手、日本人として二度目、十四年ぶりの表彰台獲得おめでとう! 国外でのレースでは、日本人初となる快挙。すばらしい。佐藤選手は、ドライバーとしてだけではなく、人間としての魅力を本当に感じさせてくれる選手。なんか、これまでいなかったタイプの日本人ドライバーで、最初見たときは、なんの突然変異かと思ってしまった。まるで外人みたいな日本人だ。

 そういやユーロ2004、スペインが予選リーグで敗退してしまった……。


 六月十九日(土)
 今日は新宿でハツヨシに会った(ご存じない方のために書いておくと、ハツヨシは僕の父です)。今日の彼の、心に残った言葉。
「お父さんはでもあれよ、すごい人間嫌いよ」
 父は、電話がかかってくることがほとんどないほど友人がいないのである。父が誰かに誘われて出かけて行ったような記憶はない。
 彼と紀伊国屋書店で『Good Luck』をチェックして、居酒屋で何杯か飲んでから別れた。紀伊国屋でハツヨシは「七階の洋書コーナーに行こう」と、ぎゅうぎゅう詰めに込み合ったエレベーターを何分も待ち、七階に行ったら行ったで「ここも変わったわねぇ!」と感心しながらぐるりと辺りを一周し、すぐさま下りのエレベーターに並んだ。だったら来なきゃいいのに、七階なんて。帰りもまた、汗くさいエレベーターに詰め込まれ、大変不快な思いをしながら降りたのだった。
 居酒屋で彼は、僕のビールジョッキと自分のワイングラスを並べ、ジョッキの半分から下あたりを撫でながら、「ここのところをなくして棒にしたのよ、で、いちばん下の部分だけは残して。ワインがぬるくならないように。これを考えた人は本当にすごい! ものすごい発明! 天才だ! もうそのことだけは頭から離れない」と、僕にすらお構いなしで感動しっぱなし。さらに、二十二年前にパリに行ったときに知り合いに頼まれていた本が見つからなかったことを「あれが見つからなかったのは、探さなかったからじゃないっていうことを、ずっと伝えたいんだけどねえ」などと語る。「だったら電話すりゃいいじゃん」と当然のツッコミを入れれば、「うん、まあねぇ。でもねぇ」と、きまりが悪そうに下を向いてしまった。本当におかしな人だ。

 中川五郎さんが、ご自分のサイトで『Good Luck』のことを書いて下さった。思えば、僕が文筆家を真剣に目指し始めたのは、在英時代に兄が送ってくれた、五郎さん翻訳の『ぼくは静かに揺れ動く』(ブックプラス:ハニフ・クレイシ著)を読んだことがきっかけ。その人が、僕の翻訳した本のことに触れてくれるようになったというのは、本当にありがたいことだなあと思う。あの本は、買うたびについつい人にあげてしまい、今家にあるのは、いったい何冊目なのか分からなくなってしまった。それほどいい本。未読の人は、読んでみてください。
 五郎さんと初めて会ったのは去年の二月。僕がまだ会社員だったころに翻訳権を扱った本の翻訳者がたまたま五郎さんになり、編集者のKさんが引き合わせてくださったのが最初だ。あのときは「うわぁ、中川五郎に会えるよ!」と、ウキウキしながら吉祥寺に行ったものだ。ブコウスキーの翻訳などをされている方だし、さぞかしゴツい人だろうと思っていたので、物腰の柔らかさと丁寧さには、ちょっと驚いたのを憶えている。
 そのときの本が、今年の夏にいよいよ河出書房新社より刊行される運びとなった。ダン・ファンテというアメリカの作家の作品で、『天使はポケットになにも持っていない』とかいうタイトルになるのだとか。僕は原書で読んだのだけど、ゲラゲラ笑いながら読める最高に面白い作品なので、ぜひとも。といって、笑えるだけではなく、ちゃんと深い文芸作品。発売を楽しみに待とう。


 六月十八日(金)

『Good Luck』発売しました! とはいえ、22日までは丸善と紀伊国屋あたり限定っぽいですが、21日には、普通の書店にもぼちぼち並び始めるのでは、と予想。ちなみに上の写真、右が編集をやってくれたサイトウさん。とても熱心で、素敵なおねいさんです。今日は午後から夜8時まで、明日は午前10時から午後8時まで立ちっぱなしで販売だそう。「時給で手伝いましょうか?」と言ったら笑われた。けっこうマジだったのに。ちなみに、この売場がある道路沿いにも、でっかいディスプレイがある。

 あと、帰りに中央線に乗っているとき、紀伊国屋書店の新宿南口店のディスプレイが見えた。なんか楽しい。明日は新宿本店に様子を見に行って来るつもり。

 今日、行きがけにポストを覗いたら、ワカヤマのアズサちゃんから「今日のMステに押尾先生が出るから御前も観ろ」というハガキが届いていた。わざわざハガキで言わんでも。


 六月十五日(火)
 先日メールをくださったハナさん。お久しぶりですが、メールアドレスが違うようで、戻ってきてしまいます。もう一度フォーム送ってくださるとありがたいです。

 私信失礼。


 六月十五日(火)
『The Confessions of Max Tivoli』と『Good Luck』のあれこれで、すっかり後回しになっていたリーディングの仕事を、ようやく終える。『Some Great Thing』というアメリカの小説なのだけど、非常に面白かった。色々な意味で革新的な技法が施されている小説で、こういうのを読んでしまうと、「小説」というものをあまりに紋切り型に捉えている自分を感じ、深く反省させられてしまう。それにしても、このコリン・マカダムという著者、天才的だ。
 才能というものは「持って生まれた物」と「育つ環境の中であらゆる物が作用して成り立つ物」だと僕は思っているが、それだけで花開くことは、まずない。才能を活かすのは、やはり努力でしかない。努力を欠いた才能は傲慢さと根拠のないプライドのみを生み出す毒のようなものである。ドラゴンボールZでフリーザ様が言っていたように、「中途半端な強さは自分を苦しめるだけ」なのだ。だが、才能のある人間が「努力も必要」という他人の声に対して素直に耳を傾けるのは、時間のかかるものだ。「努力は才能に勝る」という言葉は、才能を持つものがとことん挫折してようやく彼/彼女に意味をもたらしてくれるものなのではないだろうか。そこにいたるまでに人を苦しめるのは「自分には才能がある」という手応えと、「才能はあるのに努力していない」という後ろめたさと、「そうは思うが、才能だけでもなんとかなるのではないだろうか」という甘えと、その甘さによって生み出される、直面しなくてはならない現実だ。孫悟空に負けたベジータが、必死に悟空に追いつこうとした末に、スーパーサイヤ人になれたのと同じことだ。挫折こそが、才能を開花させるのには必要なものであるように、僕には思えてならない。
 とはいえ、才能が必ずしも守られない時代だ。才能を開花させる前に消耗しきってしまう人もいれば、開花させたのに結局は現実に潰されてしまう人もいる。そのあたりがこの時代の儚さなのだなあと、常々感じている。たとえばヤムチャや天津飯、クリリンなどは、強さを追い求めるあまり、超人的な強さを身に着けたが、結局、フリーザやセルの前では無力であった。それでも生きていけるというのは、まあ、アニメなのだからよしとしなければいけない部分であるが、これが現実であれば、彼らはその強さを何に活かすこともできず、虚しく生き続けなくてはならなくなることであろう。

 ドラゴンボールは、とてもためになる漫画です。


 六月十四日(月)
 昨日は五郎さんのアルバム発売記念ライブ@下北沢『ラ・カーニャ』。僕は母親同伴で見に行って来た。すごく、すごく、いいライブで大満足。なんと一時は、バックバンドが最大八人にもなるという、プチ・オーケストラ状態。しかも皆さんすばらしいミュージシャンばかりで最高。贅沢な夜だった。
 ライブ終了後、母を下北沢駅まで送り届けてから、ラ・カーニャに戻って酒を飲む。談笑しているうちに、一人帰り、二人帰り……、としているうちに、気づいてみれば僕と五郎さんとイマイアキノブ君しかいなくなっていて、しかも、「もう他行ってくれる?」と酒を出して貰えなくなったので、歩いてすぐの『輪廻』へと移動。おいしいチーズを食べながら二時半くらいまで飲み、三人で割り勘してタクシーにて帰宅。そのままぶっ倒れるようにして寝た。五郎さんに『Good Luck』を一冊差し上げた。読んで、ぜひ幸運を手に入れてくださいね。

 夕方、『BLUE』の著者、ニック君からメール。もう、いつ赤ちゃんが産まれてもおかしくないような状態なのだそうで、毎日エキサイトしながら暮らしているのだとか。「novel + baby = happy nick」と、非常に浮かれた数式を書いてきた。よほど浮かれているのであろう(つーか、そこにAnnaは入らないのか)。今年の夏くらいには、初対面しに行ってくるつもり。ちなみに赤ちゃんの名前は男だったら「ホールデン」、女だったら「ゾーイー」なのだそう。いかにも、サリンジャー大好きっ子のニックらしい。ああ、そう。彼の浮かれ具合をしめすものと言えば、新しい小説のタイトル。なんと『California Book of Love』というタイトルなのだ。ニック君のサイトにてちょっとだけ読むことができるけど、英語なので注意。そうそう、『BLUE』だけど、八月にはドイツ語版が出版されるらしい。それも楽しみ。まあ、いずれにせよ読めないけど。

 あ、そうだ。
「バース大学 通訳」みたいな検索をかけてくる人が多いが、これは、バース大学院の通訳科に興味を持っている人が多いのだと思う。そこで、僕が知っていることをいくつか書いておくとしよう。僕は直接コースを受けた経験はないけど、コースを受けた知り合いは何人かいるので。
 僕の知る限り、このコースを受講した友人たちは、みなヒーヒー言ってた。とにかくタフなコースのようで、「遊ぶ暇があったらとにかく勉強しないとついていけない」みたいな感じらしい。特に、日本人は同時通訳の授業では苦労するという。というのは、英語のように時勢を示す語が文の冒頭に来る言語が多いのに比べ、日本語は、その語が文尾に来るからだ。そのため、どうしても、他国語の学生たちよりもモタモタとしてしまうようなのだ。他国の学生たちから「日本の学生たちはちゃんとできていない」とケチをつけられることもあったのだと、ひとりの学生から聞いた。
 中でも、みんながキツがってたのは「カンファレンス」とか呼ばれていた(ように記憶している)、同時通訳の実技だ。クラスメイトたちが見守る中、ひとりで同時通訳をやらされるのだとか。これがもうひどいプレッシャーのかかるもので、中には、立ったまま泣き出してしまう生徒もいたらしい。
 しかし、キツいコースなだけに、相当のスキルアップは望める様子。僕の友人たちは、皆ちゃんと通訳者になって、バリバリ活躍してます。まあ、僕は絶対受けたいとは思わないけどな、そんな大変なコース。


 六月十三日(日)
 四月くらいにとなりの部屋に引っ越してきた女性と挨拶を交わそうとし続けて、はや二ヶ月。せっかく隣人同士なのだから、せめてそれくらいの気のおけなさはあってもよかろう。これまでに二度、挨拶を交わす機会があった。一度目は、彼女が引っ越してきて割とすぐの頃。部屋を出てみればちょうど彼女が部屋に入るところだったので、後ろから「こんにちは」と声をかけたが、ものの見事にシカトされてしまった。一敗目である。次が今日。廊下ですれちがったので「こんにちは」と声をかけてみたのだが、“目を逸らされる”という、シカトよりも最悪の結果となった。ちなみに、一緒にいた彼氏と思しき男性のほうは、会釈してくれた。
 なにか恨みでもかっているのだろうか。とはいえ僕は、部屋で音楽を聴いたりもせず、ただ黙ってワープロの前に座っているような生活。たまにギターなど弾くが、彼女が出かける物音が聞こえてからである。帰ってくる物音が聞こえてから弾くにしても、常識的な時間(午後十時がせいぜい)までのこと。もしかしたら、夜中にこっそりと彼女の部屋側の壁に耳をくっつけているのがバレているのだろうか。冗談はさておき、今日の目の逸らされっぷりにはこちらもちょっと腹が立ち「隣の部屋から腐臭が漂ってきても、決して通報などするまい」と心に誓ったのだった。
 彼女のその保守的な性格は、引っ越してきた日から顕著だった。初めて会うよりも前にそれに気づいたのだが、ぜんぶで九つあるマンション──というよりも、「人の住んでいる廃墟」という表現が適切──のポストの中、ただひとつ南京錠がかけられているのが、彼女のポストだったのである。これは、他の八つのポストの持ち主たちへと向けられた疑念、もしくは警告なのではなかろうかと、この二ヶ月のあいだ、常々思っていた。普通ならば人のポストを開けて中を見てやろうとは思わない僕でも、南京錠がかかっていると、どうしても中を覗いてみたくなる。これは、女性の衣服を剥がしてみたくなるのと、まったく同じ理屈であろう。禁止されているものは、してみたくなるのである。そんなわけで、僕は自分のポストをチェックしながら、どうしても彼女のポストの中身が気になってしまう。鍵がかけられているだけで、なにかそこにはすごい物が入っているような気がしてしまうのだ。僕が彼女ならば、たまには自分の全裸の写真でも入れて、一日中冷や冷やしながら過ごしてみたいものである。こっそりとそこに置かれた自分の全裸の写真の上に、郵便配達がいつもと同じように郵便物を放り込んでゆく。全裸の写真の上に郵便物は重なり合うわけだが、相変わらず僕は全裸なのである。

 話が逸れた。

 とにもかくにも、都会のマンション暮らし・アパート暮らしは寂しいものだ。不動産屋に行けば「静かな方ばかりで、生活音も聞こえません」というのが長所として説明される。音楽などが大きなボリュームでかかっていると、「俺の静かな生活を邪魔するな!」と、憎しみを込めて壁をガンガン叩く人もいる。だけど、人の生活音や鼻歌などが聞こえてきたりするのは、それはそれで楽しいものではないだろうか。前に彼女の部屋に住んでいたのはヴァイオリニストの方で、よく彼女が練習するのが聞こえて楽しかったものだ。確かに、そういうものが邪魔になるときもありこそすれ、気にすまいとさえ思えば、だいたいの雑音は気にならないものなのではないだろうか。僕は、隣に人が住んでいると実感できるときのほうが楽しく感じる。今の僕にとって、唯一彼女の生活を感じるのは、よりにもよって真夜中の二時や三時に、彼女が洗濯機を回す音だけだ。
 ちなみに、ずっと昔住んでいた八王子のアパートでは、上の階の男がなかなか面白い生活をしていた。窓の外に向けて「HAWAII」と書かれた土産物のナンバープレートを貼り付けているセンスの悪い彼だったが、彼女とは大変仲がいいようで、しょっちゅう笑い声が聞こえてきていた。あるとき、真夜中に上の階で引き戸が開く音がし──そのアパートは、寝室とバスルームのあるスペースが引き戸でしきられていた──、誰かがトイレに行く物音がした。しばらくして水を流す音が聞こえ、また引き戸を開ける音がした。トイレを終え、戻ってきたのである。その瞬間、「わっ!!」と男の声が聞こえ、続いて「きゃー!」という女の声が聞こえた。トイレから戻ってきた女を、男が引き戸の陰に隠れていて脅かしたのであろう。なんとも微笑ましい話ではないか。
 彼女が来ていないとき、男のほうは一人で朝までスーパーファミコンをしていた。それも、本来ならば四人くらいでプレイするのが望ましい『桃太郎電鉄』というゲームである。ひとりでやっても、なにも楽しいことなどないのだが、彼は延々とプレイし続けていたものだった。

 調布に住んでいたころ、上の階には中国人のカップルが住んでいた。彼らは毎晩のように大喧嘩をしており、悲鳴や、どたばたと走り回るような物音や、なにかを投げつけるような物音が聞こえてきていた。僕と、当時一緒に住んでいた女は、何度も警察に通報しようとしたものだが、翌朝になると決まって笑い声が聞こえてくるので「彼らは、ああいうのでバランスが取れているんだろう」と安心するのだった。
 その隣の家──ちょうど僕たちの部屋の真向かいの家だが──には、朝早く出勤する男性の一家が住んでいた。男性は毎朝四時半になるとトイレに入り、甲高く長い屁の音を聞かせてくれた。その音がすると、僕も彼女も「あ、もうそんな時間か」と、仕事や遊びの手を休めるのだった。

 ちなみに友人の家の隣には、毎晩セックスしている女が住んでいたようだ。夜な夜な、彼女の喘ぎ声が聞こえてきて、すっかり参っていたのだと、彼女は言う。だが、あるときを境にぱったり喘ぎ声が聞こえなくなってきた。「これはいったいどうしたことか」といぶかっていた彼女だが、ある日、ドアの外で隣人とばったり会って納得。隣人は、妊娠していたのだそうだ。

 隣人の生活は、ひとり暮らしに邪魔だと思えば確かに邪魔だ。うるさいし、こっちが寂しいのに楽しそうにされると頭に来るものだ。だけど、やはり“そこで人が生活している”というのは楽しいものだと僕は思う。よく「都会の渇いた生活」なんて言うけど、渇かしているのは自分たち自身なのではないだろうか。
 いつか隣の女と挨拶を交わしたいものだ。ちなみに、同じ階にもうひとり住んでいた男性とは、読売ランドの花火大会を見ようと屋上に登ったときに一緒になり、ビールを飲みながら仲良くなったが、最近になって引っ越してしまった。とはいえ、彼の店がうちから徒歩一分のところにあるので、会釈くらいは交わすが。


 六月十二日(土)


 カロリー半分でもテイストは一緒と評判の、コカコーラC2。飲んでみたらマズかったです。この味だったら、ダイエット・コークでいいじゃん。つーくらいのもの。

 さて、僕がスヌーカー大好きっ子(ただしプレイ経験はナシ)なのは周知の事実だが、このスポーツ、ハンパじゃなく面白いので、なんとか流行ってくれないかしらと思っている。最低でも、BSで試合の中継がされる程度くらいには。ビリヤードって、9ボールの試合とか見てると結構大味な感じがして面白みに欠けるけど(いや、実際やってみるとそんなことはないが)、スヌーカーは観戦の楽しさがものすごい。極端な話、「お互いに嫌がらせのし合いを続け、相手がミスしたらそこに付け込んで点数を伸ばす」みたいなスポーツだ(すごく乱暴な説明で申し訳ないが)。とにかくもの凄く繊細なゲームで、まさに手に汗握り、生唾を飲み込みながら観戦するような感じ。パズルが好きな人ならば、絶対ハマるはずなのだ。実際、僕にビデオを見せられてハマってしまった人は結構いるし、このサイトにスヌーカー関連の検索でたどりつく人は、毎日二、三人はいる。
 というわけで「これは流行らせないといかんぞ」と思い、翻訳家としてなにができるか考えた結果、とりあえず、トップ・プロのひとり、ロニー・オサリバン選手の自伝を取り寄せてみた。これを、どこかのビリヤード雑誌なりなんなりで連載みたいな形で掲載していけないか、という寸法だ。だが、哀しいかな、思い当たるふしへ打診してみたのだが、一介の翻訳家の意見にはなかなか耳を貸してもらえず、返信のひとつも頂けない有様。このスポーツが少しでもメジャーになるのなら、ノーギャラでもいいのになあ。どうにか、スヌーカーを紹介できる方法はないものかと、依然として思案中。誰か、いい方法思いついたら教えてください。つーか、その前に一回くらい自分で遊んでみろという気もするが、いかんせん普通のポケット・ビリヤードもヘッポコ級なので、スヌーカーを撞きに行くなどというおこがましいマネは、ちょっとできないなあ。


 六月十一日(金)
『Good Luck』が刷り上がったとの報告を受け、昼過ぎからポプラ社にお邪魔してきました。新社屋にお伺いするのは初めて。ロビーで編集のサイトウさんを待ちながらふと目をやると、ポストの上に『Good Luck』の販促パネルが載っているのが目に入る。「うわ、でけーな!」と、思わずパチリ。


 撮影してるところをサイトウさんに見つかり、ちょっと恥ずかしがった。軽くブレてるのは、背後にサイトウさんの足音を聞いて動揺したためです。
 新しいオフィスはものすごく綺麗で、超爽やか。昔の、どこか校舎っぽい旧社屋も好きだったけど。それにしても、どちらに向いても『Good Luck』が目に入るので、まるで異空間に紛れ込んだかのような気分になってしまった。
 ノムラさんとも久々にお会いし、握手。横チョにはドカンと、未開封の『Good Luck』が積み上げられていた。
「じゃあ、シモンさん破いちゃってくださいよ。待ってたんですから」
 というわけで、ベリベリと包装をひっぺがし、ご対面。出てきた本は、もう、見るからに特別な本。なにせカバーがリバーシブル。しおり紐の色も、ぜんぶで7色のバリエーションがあるのだという。とにかく遊び心と真心の詰まった素敵な本になっていて、翻訳者としては本当に嬉しい限り。すでに各地の書店から注文が殺到しているのだそう。なんか、すごいことになりそうな予感。
 マラソンの有森選手が感想を寄せてきてくれたのを拝読。すごく嬉しい感想で、「ああ、この仕事をやって本当によかった」と思えた。いろんな人の、いろんな感想を聞くことができると嬉しいなあ。ちょっとひとりで本を見ながらニヤニヤしているところをノムラさんに見つかり「シモンさん、気持ち悪いです」と言われてしまった。そういう彼もまた、やはりニヤニヤしていたのだが。なんかこう、フロア全体がハッピーでポジティブなバイブス(窪塚)に包まれていてサイコーだった。
 というわけで、発売まであと十一日! 早いところでは、十八日くらいから店頭に並ぶ様子。新宿だと、紀伊国屋書店あたりかしら。あちこちにて大がかりな販促が仕掛けられていく予定なので、四つ葉のクローバーを見かけたら「おお、これか」と思ってくださいませ。


 六月十一日(金)
 ナカムラ君。近所に住んでることが発覚して楽しいけど、できればメールの返信先くらい教えてください!


 六月十日(木)
 兄が、「焼き肉の夢見たから、焼き肉食いに行こうよ」というので、明大前で焼き肉を食ってからビリヤードをしていたら、兄の携帯に編集者のKさんから電話。下北沢のラ・カーニャに飲みにゆく。愉快な女性三人と酒を飲み、終電の頃になり、女性たちが帰ってしまってから、中川五郎さんが合流。兄と俺とトモタケ君と五郎さんで、朝まで飲む。久々に五郎さんと飲んだし、楽しかった。俺とのデュエット曲を書いてくれるという話になったのだが、本気だろうか?
『Good Luck』が刷り上がって来たと、ポプラ社さんからメール。明日、もし夕方までに目が覚めたら、拝見しにポプラ社にお邪魔するつもり。目覚ましこそかけないが(もう、半年以上かけてない。うらやましかろう)、どうか目が覚めてくれますように。楽しみ。

 人と人とが話し合うときには、お互いの意見にあれこれ意見するのではなく、自分の意見に対して十分な説明をすることだと痛感。今後は、人の意見になにか思うことがあっても、いきなり意見を言うのではなく、まずは説明を求めて納得してゆきたい。

 つーか酔ってて眠いので寝ます。おやすみなさい。


 六月八日(火)
 ポプラ社・第三編集部のサイトにて、『GOOD LUCK』発売カウントダウンが始まりました。モニター読者の声も載っているので、ぜひ見てみてください。これは本当に面白い本なので、絶対に読んで欲しいと思う。僕も、最初に読んだときは鳥肌が立ってしまった。けっこう短めの寓話っぽい話なのだけど、とにかくしっかりと物語が作られていて面白い上に、実にためになる。もう、モルダー捜査官に調べて欲しいくらい面白い。いやはや、翻訳を終えてから、早いものでもう五ヶ月。ようやく日の目を見るときが来るのだと思うと、非常に感慨深い。この、発売が迫ってくるときの気持ちは、何度味わってもいいものだ。どうか、売れてくれますように。


 六月七日(月)
 テレビ観てると、本当に政治家が政治やってんのか疑問に思えてくるな。あんなアホみたいなことやってても一国とは動くものなのかと思うと、いろいろ馬鹿らしくなってくる。まあ、面白いっちゃ面白いんだけど、もうちょっと年相応に大人な感じになれないものか。あ、今もテレビタックルでやってる。森ゆうこも、「子供が三人おります」とか言うんだったら、もうちょっと母親として恥ずかしくない仕事っぷりをしろよ。

 午後からテレビで、サッカー日本代表(女子)の、対アメリカ戦を観る。1−1と惜しい試合だったけど、なかなか燃えた。特に、山本絵美選手のプレイは胸躍る。アテネでは、メダル獲れるといいなあ。男子ともども。だがしかし、試合途中にうっかりウェブで結果を知ってしまった。新聞社は、放送が終わるまで結果を出さないよう、気を使ってほしいものだ。


 


 六月六日(日)
 得体の知れぬものを見つけると、多くの人々はその正体が何であるかを突き止めようとするよりも、その正体に辻褄の合う説明をつけて自分を納得させ、安心しようとする。恐怖心とは、自分の理解できることの範疇を超えたものに対して抱くものだからだ。だから、どんなに自分の弾き出した答が的はずれであろうとも、自分の頭の中で辻褄が合うのであれば、「じゃあ、これでいいや」という気分になる。それでもまだ不安な人は、自分のその説明を人に語り聞かせ、人が「ああ、きっとそうですよ」と首を縦に振るのを目の前で見てようやく安心するか、発言したこと自体で安心する。

 あ、よく「オーストラリア バース」などで検索してここに来る人がいるようだけど、オーストラリアのほうは「バース」ではなく「パース」なので、そのように。


 六月五日(土)
 夕方から新宿に出かけ、新宿の紀伊国屋本店に『GOOD LUCK』の懸垂幕を見に行くことにする。午後六時に新宿東口に降りる。いつも南口店に行ってしまうので、本店に行くのは実に久しぶり。相変わらず東口は人が多くて、すっかり辟易する。週末の人込みに揉まれるようにしてえっちらおっちら歩いてゆくと、本店を見つけるよりも先に、懸垂幕が目に飛び込んできた。でかい!



 こんなにでかいとは思ってなかったので、正直、かなり驚いた。22日の発売日が、今から待ち遠しい。いったい、どんなディスプレイをしてもらえるのだろう。実家に帰ったときのままかばんにカメラが入っていたので、そちらでも撮影してきた。もうすこしでフィルムが終わるから、そしたらすぐに現像に出すとしよう。こんな経験、そうそうできないものね。

 見届けたらまっすぐ帰ろうかと思っていたのだが、なんとなく気が変わり、「シティバンク銀行ってのも、なんか変だなあ」などと考えながら、久々に下北沢の『輪廻』に。『The Confessions of Max Tivoli』の作業をしているうちに、すっかり二ヶ月のご無沙汰になってしまっていた。とはいえ、スツールに腰かけてみれば、それほど久しぶりだという気もせず。しかも偶然にAさんという知り合いの女性と同席になり、カラオケに行ったりしながら、結局朝まで飲んで始発にて帰宅した。

 気がかりだったことがあれこれと一気に片づき、気分が落ち着いてきた。翻訳やってる間は、どうしても作品そのものの雰囲気に浸り続けるような日々が続いてしまうので、いったいなにが自分の平常心なのか、すっかり分からなくなってしまう。この三ヶ月間──特にここ一ヶ月ほど──は、あたかも自分がマックス・ティヴォリ氏ででもあるかのような気持ちで過ごすことが多かったので、なにをするのにも、なんとなく不慣れなような妙な気分がつきまとっていた。やっと、自分が自分であるという括弧たる感覚を取り戻してきたようだが、これはこれで、また不思議な気分である。ここ二、三ヶ月に自分が思ってきたことが、どうも自分の決断であるとは思えないような、妙な気持ちだ。映画などで長期ロケをした後の俳優さんとかだと、もっと変な気分になるのだろうなと思う。


 六月四日(金)
 今日の深夜一時ごろに猫が亡くなったと、実家から連絡を受ける。最後の二日間は、歩くこともまったくできなくなっていたという。僕は、二日に用事があったために戻ってきてしまっており、最期には立ち会えなかった。でもまあ、最後にたくさん一緒に散歩ができたので、気分はさっぱりしている。それにしても、苦しまずに逝くことができてよかった。それにしても、「いよいよか」となってからほぼ二週間、生き物の生命力とはものすごいものである。遺体は、庭の桜の木の下に埋めたのだそう。次に帰ったときには、ひとりで彼の遊び場を歩き回ってみよう。
 それにしても、あの最後の数日間の様子を見ていると、死後に意識が消えてしまうとはとても思えなくなってくる。生き物というのは、本当に不思議なものだと痛感させられた。意識が消えてしまうのと、ずっと残るのと、どっちがいいだろうか。昔は、消えてしまうことを恐れていたが、今は、消えてしまわないほうが怖くも思える。それだけ多くのものに、昔は愛着を感じていたのだろう。人は歳を重ねるとともに様々なものに愛着を募らせていくものだとばかり思っていたが、もしかしたら、それは逆なのかもしれない。

 新宿の紀伊国屋本店入り口に、今月末にポプラ社様より発売される僕の訳著『GOOD LUCK』の懸垂幕がかけられたらしい。今日は本を読む以外に仕事もないので、ぶらりと夕食がてらに新宿まで行って見物してくるつもり。発売まであと二週間半。今年の一月に入稿して以来、長かった。「待つのはいちばんつらいこと」と昨日観たシンプソンズで歌が流れていたばかりなので、今日は頭の中でその歌が流れている(主人公のホーマー・シンプソンが、銃購入のための審査を待っている五日間のシーンで流れていた)。