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留学記  バース編
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会社名などは敬称略で。  
 八月三十一日(火)
 台風一過。東京は大したことなくて、よかった。それにしても、九州のほうは本当にすごかった。昔付き合っていた女の子の父親が市長を務めているあたりは、かなり直撃されていたので、今ごろはさぞかし大変なことだろう。やはり、住むなら東日本だな。

 テレビで、米大統領選関連のニュースを見る。両候補者の支持者たちが、フェンスを挟んでスローガンの怒鳴り合いをしていたけど、ああいうことが続いている限り、平和への道は遠い。ああやって叫んで、誰が納得すると思っているのだろう。必要なのは話し合いであり、怒鳴り合いや暴力ではないはず。明川哲也さんの『敗北からの創作』を読んでから、アメリカという国について、前よりもあれこれ考えるようになった。僕はまだアメリカに行ったことがないから、リアリティをともなって考えられない部分も多いけど。来年になったら今の部屋を引き払って、何ヶ月かアメリカに住んでみようかな。同じ部屋代、同じ生活費を払うのならば、どこにいても同じなはずだ。韓国や台湾にも住んでみたい。住んでみたいところだらけだ。日本の、海の見える町にも住んでみたいし。がんばって働かなくちゃ。  


 
 八月三十日(月)
 さすが夏休み終盤というか、グッドラックの感想文を探してこのサイトに辿り着く人がけっこういる。ごくろうさま。
 僕が大学院に通っていたころ、修士論文をネットで販売していたグループが摘発されたりしていたのを思い出した。ネットって不思議なところだよな。なんでもできちゃう。発想以外。

 おととい、電車の中で「あたし、新幹線っていう言葉についてずっと考えてるんだけど……」と友だちに話している女性を見かけた。彼女いわく、『新幹線』とは路線名ではなく『新しい幹線』の略語なのではないかということだった。だから、『新幹線』を路線名として使うのはおかしく、自分は抵抗があるのだと。
「新幹線は路線名で、固有名詞だから、安心してください」と、振り向いて教えてあげたかった。

 あんなことがあったのに、笑顔でメダルを受け取ったマラソン男子、ブラジルのデリマ選手に拍手を送りたい。銀を獲っても悔しそうな顔をして表彰台に立つ選手とは、えらい違いである。  


 
 八月二十九日(日)
 昨日は吉祥寺にて、中川五郎さんのライブ。いつもは、まったりとしに行くのだが、昨日のライブはとても刺激的で、意表をつかれた。かなりいいライブで、大満足。バンドは最大9人まで増えて、ものすごくゴージャスな感じだった。いいものはいい。昨日のライブに来た人は、かなり得をしたと思う。

 今日は、調布にちょっと用事があったので、「せっかくだから」と明川哲也さんに連絡をとってお茶。差し上げたいものもあったので、ちょうどよかった。とはいえ、展覧会前でご多忙ということもあり、あまり時間はない。手近な喫茶店に行こうと思っていたら、僕が調布在住のころ(今も調布市民ではあるが)愛用していた喫茶店がビルもろとも跡形もなくなっており、しかたなく、見るからにつまらないチェーンの喫茶店へ。そしたら意外にも、カフェオレがラーメン鉢のように巨大な器に入って出てくるという意表の突かれよう。そんなとこ、面白くしなくてもいいのに。小一時間ほど、あれこれと話してからサヨナラ。あと二日しか作品を仕上げる期間がないのだとかで、大変だ。

 アテネ・オリンピックがようやく終わる。これで、普段なら興味のない種目とかを、変に盛り上がりながら観なくても済む。シンクロとか体操とか、別にどうでもいいんだよな、よく考えてみると。
 室伏選手の金メダルが確定したけど、なんか、嫌な気分だなあ。ドーピングの検査とか、前もってちゃんとできないのだろうか。表彰台でもらってこそ嬉しいものだろうし、人が失格になって貰うのも、なんか違うんじゃないかと思う。まあ、僕だったらだけど。
 ちなみに「選手には才能の有無があるのに、成績でメダルの色を変えるなんて不公平だ」という人権団体がいつか出現するのではないかと、前々から思っている。もしかしたら、もういるかもしれないが。


 
 八月二十七日(金)
・留学記の続きです
(このページのトップにあるリンクから、これまでをお読みください)


 その一件があってからというもの、パオルとはますます仲良くなった。ほとんど毎日のように市街のどこかで落ち合っては、公園でディアブロをしたり、太鼓を叩いたり、パブで酒を飲んだりしていた。ふたりともただ遊んでいるだけなのに、大道芸人として警官に顔を憶えられている彼は、「ここでは芸は禁止だぞ」などと注意されることもあった。
 学校の友達と一緒に過ごすことは、あまりなくなっていた。たまに一緒にパレード・バーなどに飲みに行っても、たいていテストのことや英語のことばかりが話題に上り、退屈だった。それに、海外でなにをどう感じながら生きればいいのか戸惑う彼らよりも、なにかを感じることなど当たり前といった顔で飄々と過ごすパオルのほうが、俺には面白く感じられた。なんというか、街の地に足がしっかりついている感じがしたのだった。
 俺は、寮での生活には、もう飽き飽きしていた。寮などに住んでいては、せっかく海外まで来ている意味の半分以上はなくなると言っていい。大学のキャンパスというのは、新しくできた小さな国みたいなものだ。その場所ならではの文化や風習などはあるが、バスで十分行った市街地のそれらとは、おおよそ別なのである。ハットの人々やパオルたちと会うようになってから、その思いはますます強まるばかりだった。彼らの作り出す街の空気は、それこそ百年以上も前からなにひとつ変わっていないのにちがいないという気持ちにさせてくれたし、なんだか、自分たちが酒を飲んでいるパブが帆船の一室であり、自分たちは本当は暗い海原を漂ってでもいるかのような錯覚に陥ることもあった。うまく言えないが、なにもかもがものすごくリアルで、単純で、深かった。場所を照らし出す弱いロウソクの明かりの、粒子のひとつひとつがゆっくりと円を描き飛んでいるのが見えるような気になった。人の生と死を予感させるものが、そこには渦巻いていたのだ。

 ある日、いつもと同じように俺が街をぶらついていると、寺院の前でパオルがディアブロをしているのが見えた。今日はどうやら、観光客相手に本気のショウをするらしい。前にしわくちゃのシルク・ハットを置き、にこにこしながら客の集まるのを待っている。俺は彼のほうに近づいていくと、横手にあるベンチに座った。彼は俺に気づくと歯を剥き出しにしてにっこりと笑い、客たちに向けて、芸を始めた。くすんだ黄色をしたディアブロの駒が勢いよく回転し、彼のあやつる二本の棒の間に張られた糸の上を、行ったり来たりする。パオルは駒に勢いをつけると、空へと放り投げる。いつもなら、頭上くらいまでしか飛ばさないのだが、軽く身長の三倍ほど投げ上げる。これには、彼の芸を何度となく見てきた俺も、思わず歓声を挙げずにはいられなかった。パオルは得意げな笑みを浮かべ、まるで夢を売るピエロのように踊りながら、駒をどんどん投げ上げてゆく。そのたびに、観衆からは喝采が起こる。いつの間にか辺りは三十人ほどの人だかりになっていた。
 だが、ここで事故が起こった。彼が思いっきり投げ上げた駒が、寺院のテラスに載ってしまったのだ。駒がなければ、芸はもう続けられない。パオルは「困ったなあ」といった顔でテラスを見上げると、「ちょっと待っててくれ」と、観客たちに手のひらをぱたぱたと振ってみせてから、寺院に入っていった。やがて、神官のような格好をした男と一緒にパオルは出てくると、テラスを指さしながら、ことのなりゆきを話しはじめた。
「ちょっとあそこまで行って、駒を取ってきてくれよ」パオルが言う。
「いいや、それはできない」神官は、なんと首を横に振った。
「なんだって?」パオルが顔をしかめる。「あそこに登って、取るだけだぞ」
「明日までには取っておくから、明日来てくれ。決まりなんだ」
「そんなこと言ったって、あれがなくちゃ仕事ができないんだよ!」パオルは、もう取り乱し始めていた。
 だが、神官服の男は無情にも首を横に振ると、寺院の中へと姿を消して行ってしまった。パオルは、口を真一文字に結び、怒りに顔を赤く染めていた。
「この野郎! 出てこい、この野郎!」彼がいきなり、寺院の戸口に向かって叫びだした。「俺の駒を返しやがれ! 聞こえてるんだろう! てめえ、出て来い!」
 彼の様子に、まだ残っていた観衆たちがそそくさと立ち去ってゆく。俺はなんとか彼をなだめようと思うが、そんな英語をなにひとつ知らないので、黙って見ていることしかできない。
「こっちはあれで食ってんだよ! お前らみたいに、ただ古い建物に座ってりゃ人が金くれるのとはちがうんだ! 聞こえてんのか!」
 だが、パオルの訴えは虚しく寺院前広場の壁に跳ね返りながら、どこかに消えてゆくだけだった。やがて彼は、怒りさめやらぬ様子でぶつぶつとつぶやきながら、俺のことには構わず、どこかへ姿を消して行ってしまった。
 翌日、彼が心配だった俺は、学校が終わるとまた市街に降りて、彼の姿を探していた。いる場所なんてたいてい何カ所かに決まっていたので、すぐに見つかるだろうと思っていた。ジョージの遺影が飾られたあたりを過ぎ、寺院の前を覗く。そこにパオルはいた。昨日とは別の一角で、機嫌よさそうにディアブロをやっている。
「駒、戻ってきたんだ?」俺は近づくと声をかけた。
「昨日の男が、さっき取ってきてくれたよ」彼がにっこりと笑った。


 
 八月二十七日(金)
 うおお。禁煙続いてますよ。吸いたいとも思わない。昨日の夜、「もうホントに吸わなくてもだいじょぶなのかしら」と思い、シケモクを一口吸ってみたのだけど、その後も、続けて吸いたいという気にはならず。もう三週間目に入ったこの微熱にあらゆる気力を奪われたことにより、喫煙の気力も奪われたのだろうか。だとすれば、新しい形の禁煙だといえる。とにかく、これを機に煙草はやめるつもり。とか言いつつ、ちょっとしたらサックリ吸ってたりするんだろうけどな。


 
 八月二十六日(木)
 さっそくだが、薬飲むのやめた。よく考えてみれば、周囲にこういう問題で薬飲んでる人何人かいるけど、よくなってる人、ひとりもいないじゃん。ということに気づいた。それに、一昨日くらいは薬飲んだらものすごく変な発作みたいなのが始まって、すんげー怖かったし。なんか、滝のような汗と、金縛りと、けいれん。死ぬかと思った。ああ、向精神薬と睡眠薬、けっこう手元に残ってしまったけど、どうしよう。ネットオークションで売るか(逮捕されます)。
 なんとなく、いちばんの治療(まあ“治療”という言葉もちがうと思うが)は、人と外で楽しいことをすることだと思う。ので、今後は、新しい人と知り合うことも含め、そういうことを積極的にやってゆきたい。まずは、今月28に吉祥寺で行われる中川五郎さんのライブに一緒に行ってくださる方と、9月11日から池袋西武デパートイルムス館で行われる絵画展『画楽百景』(石井竜也、泉谷しげる、忌野清志郎、はなわ、奥田瑛二、南こうせつ、ムッシュかまやつ、明川哲也、エトセトラ)に一緒に行ってくださる方、募集。ついでにお茶かお酒でもご一緒しましょう。他にも、ビリヤードの対戦相手や、酒飲み相手なども募集中。
 今にして思えば、今体に現れているような症状が最初に現れたのは、二年前の冬のことなのだけど、やはり、本格的にバランスを崩したのは、一年ほど前にフリーランスになってからのことだ。ほとんど外にも出ずにワープロばっか叩いていたせいで、なんかおかしくなってしまったのだと思う。フリーランスという仕事のしかたをしていると、自由なのか不自由なのか、まったく分からなくなってくる。自分がしっかり考えていないと、誰とも知り合えないし、どこにも行けなくなってしまう。その辺りを、今年はこれから直してゆきたい。

 昨日、「やあ、シモン君」から始まる、やたらと不躾なフォームが届いた。ネットって、名乗らないのが当たり前みたいなところがあって、僕はそれがものすごく卑怯だと思っていて、嫌だ。変なことを匿名で書ける人は、そういうこと書くたびに自分の中でなにかが崩れると知らないのだろうか。


 
 八月二十五日(水)
 頭は働かないが、体を動かすことはできるはず。ということで、午後から自転車でプールに行き、一時間半ほど泳いでからまた自転車で帰る。汗をだらだら流すのも、悪くない。こういうこと続けてれば、薬なんて飲まなくても健康な気持ちに戻れそうだ。こういうときを過ごすことができるのも、また貴重な体験。いろいろと、書き留めておかなくちゃね。
 そういえば、『Good Luck』が70万部を突破したそう。もうなんだか、現実離れしすぎていて、なんの実感も湧かないが、すごいぞ。今のペースで行けば、ミリオンセラーも夢ではなくなってきた。ネットであれこれと感想などを読んでいると、けっこう多いのが「差別意識が高くて腹が立つ」というもの。そんな作品ではないのになあ、となんだか悲しくなる。もうちょっと柔軟に、力まず読んでくれればいいのに。


 
 八月二十四日(火)
 なんか知らないけど煙草を吸わなくなった。禁煙しようと思ったわけでもないが、吸わなくても平気になってしまったのだ。これも薬のアレなのかしら。まあ、吸わなくて済むならそれにこしたことはない。このままやめられるよう祈ろう。

 血液検査で、気にするほどではないが、肝臓がちょっと悪そうだということが分かったことを兄に言った。「お前、それは飲みが足りないんだよ」と言われた。なるほど。


 
 八月二十三日(月)
 夜、なかば無理矢理のようにして夕食を摂り、かばんから薬袋を取り出して机の上に置いた。テレビでは、レスリングの浜口の負け試合がVTRで流れているところだった。事前に、ネットで僕が処方された薬のことは、あれこれ調べてみた。どうやらごく一般的な薬のようで、効き目も確かであるように思われた。だがなんとなく、負けを認めるような気分があり、袋から錠剤のシートを引っぱり出す気にはなれなかった。
 こういうものを飲むのは格好悪いことだと、僕はどこかで思っていた。だから、ネットで自分のサイトに、わざわざ自分の病名や薬の名前、そして写真まで羅列して「これじゃあ最近効かなくてさあ」などと書いているような連中のことは、ずっと軽蔑していた。ちょうど『BLUE』の翻訳中に取材のつもりであれこれとその手のサイトを見て回り、あまりの軽さに愕然としたものだった。中には、薬に愛称をつけて楽しんでいる人々までいる始末で、もう、治療なんだか娯楽なんだか分からないように、僕の目には映った。無論、サイトに書かれているほど本人たちには軽くないのだろうが、それでも、「軽く書ける」ということ自体が、もう軽いのだ。だから、彼らと同じものを自分が口にするということに、多少の屈辱感があったのかもしれない。だがそれよりも、自分ではどうすることもできなかったという敗北感のほうが、大きい。特に最近、大きな失敗をひとつしたところだった。
 だが、飲まないわけには行くまい。それは分かっていた。だから、浜口のVTRが終わり、彼女のことなど誰もすっぱり忘れたかのように残り三人の金メダル候補に話題が切り替わるころに、僕はようやくシートを取り出してみた。どうせ誰に見とがめられるわけでもない。そもそも、間違ったことをしようとしているわけでもない。たかだか薬を飲むのに、いったいなにをくよくよしているというのか。だからこそ、飲むべきだというのに。
 子供のころ、観たかったテレビ番組を観せてもらえず、代わりに、どこかの国の白黒映画を父親に観せられたことを思い出した。僕は、そういう映画が、決して好きではなかった。当時は父親のことが好きではなく、彼の好きなものもまた、好きではなかったのだった。それなのに観てみると面白く、いつの間にか熱中しているのだった。だが、それでも僕は、決してそれを楽しんでいる顔など、家族には見せられなかった。終始「こんなの、僕は観たくないよ」という顔をし、感想と賞賛は、自分の胸の内のみに隠し通していたのだった。あのころから、僕はおそらくなにひとつ変わってはいない。なにかを手にするというのは、たぶんこういうことなのだろう。そう納得がいくくらいの幸福を、僕は手に入れている。

 最近、特にここ二ヶ月の僕は、絶不調だった。部屋で音楽がかかっていることが耐え難くなり、大勢と食事をすることに恐怖感を持ち、自分がなにか大病を患っているという思いに常に駆られ、人に嫌われているという思いがどうしても抜けず、「いや、でもそんなことはなにもしてないじゃないか」と自分を説得し続けていた。多くのことは僕の勘違いであると頭では分かっていたのが、幸いだったと思う。だが、本が読めなくなったのは苦痛だった。何ページ読んでも字面しか読めず、読む端からどんどん忘れていくのである。十ページ読み進んで十ページ戻り、今度は頭の中で音読しながら単語レベルで読み進めるような感じだ。戻って読み返すと、あたかも初めてその文章を目にしたような気持ちになるのである。まるで頭の中に、ねばねばした綿菓子みたいなものが詰まってしまい、思考という思考が、生まれる端からそこに音もなく、跡形もなく、吸い込まれてしまうような気分だった。
「きっと、この本が俺に合っていないのだ」と、最初の数ページを読んだだけで、次々と本を放り出した。今、僕の本棚には、冒頭にしおりの挟まった本だらけである。

 今日の昼間に書いた雑記を読んでくださった読者の方々から、何通かお見舞いのメールをいただいた。とても嬉しかったが、申し訳なくもあった。僕の問題はぶっちゃけた話、それほど深刻なものではない。無論、本人の気持ちとしてはけっこう大変なのだが、病気カタログに載せるとしたら、とても軽い部類に入る、大したことのないものだ。今日はさすがに「おお、病名がついたぞ」と感慨深いのでなんとなくこんな暗い文章になってしまい申し訳ない。実を言うと、いかに病名がつこうが、このような状態も、人間としては自然な状態のひとつなのだと思うし、それほど気にしていない部分もとても大きい。僕ごときが「病気です」というのは、おこがましい。ガンに対する風邪と同じくらい、僕のはなんてことない。だから、本当は、ここにこんなことを書いてしまうのは軽率なのだろうな、とも思う。ただまあ今日は、さっきも書いたように感慨深いので、許してください。明日からは通常営業に戻ります。ていうか、毎日こんなこと書いてたら、それこそ精神衛生上よくないよ。


 
 八月二十三日(月)
 血液検査の結果を受け取りに、朝イチでクリニックへ。変な病気でも出ているのではないかと思い、けっこうドキドキしていた。父はどうも、僕がエイズにかかったものだと半ば思っていたようである。そう言われると、なんだかそんな気になってしまうもので、昨日の夜から、「もしそうだったら闘病記を書こう」と思い、タイトルまで考えていたのだった。ちなみにそのタイトルは『ポジティブ』。「前向き」と「HIVポジティブ」をかけた、なかなかナイスなタイトルである。でも、幸運にもそのタイトルは不必要。血液検査の結果によると、それほど目を引くような異常は認められず。「心療内科の受診をオススメしますよ」と言われるままに、一度薬局で頭痛薬だけ受け取ってから自宅に保険証を取りに帰り、その足で商店街にある心療内科へ。
 心療内科に足を踏み入れるのは初めてなので、正直ドキドキ。ようやく『BLUE』の翻訳者としてふさわしくなってきた気持ちだ。飛び込みだったので「ちょっとお待ちいただきますが」ということになり、待合室で、ブコウスキーの『尾が北向けば……』を読みながら待つ。実はこの短編集のなかの一編を、僕は大学院時代の実習で翻訳している。ブコウスキーは、思いつく限りでも五人の翻訳者の方々により訳されているが、やはりいちばん合っているのは五郎さんだと思う。なんというか、訳に説得力が非常にあるからだ。それに、僕は原書と翻訳どちらも読んでいる作品がけっこうあるのだけど、ブコウスキーの雰囲気やリズムがもっともちゃんと伝わってくるのは、五郎さん訳なのだ。まあ、原書と読み比べるというのは無粋な話ではあるのだけど、別に意識してそうしたわけではなく、僕がブコウスキーを好きになったのは在英時代であり、原書で買うほうが安かったから、原書で読んだだけである(「原書で読めるぞ」という自慢ではない。ブコウスキーの英語は、高校生でも読める)。
 で、病院の話な。最初にカウンセリング・ルームという部屋に通されて、あれこれと症状や生活についての話をカウンセラーにし、それが済んでから、医師のいる診察室へ。医師の前には大きな棚が置かれており、そこに、あらゆる症状や病名などの書かれたスタンプが、ずらりと並んでいた。挨拶を交わしてから、ここしばらく感じている無気力感、虚脱感、恐怖感、集中力がなくなってしまったことなどなど、そして、体に現れている不調のことなどについてあれこれ話す。医師は僕としばらく話してから、目の前のスタンプの中からいくつか取り出し、「あなたは今、こういう状態なんです」と、見せてくれた。なるほど、外の人に聞こえないように気を使ってくれるのね、と感心していたら、「この○○○というのは」と、普通に読み上げて説明しはじめた。スタンプ見せる意味ないじゃん。まあ、秋葉原の電気屋で、店員が「これくらいになります」と、価格を電卓で見せてくれるのと似たようなものなんだろうな。
 診察が終わり、処方箋を出してもらい、ついさっき頭痛薬を受け取ったばかりの薬局へ。ばつが悪いが、まあ仕方ない。窓口に処方箋を出すのも、なんだか恥ずかしかった。そんなわけで、こうして今これを書いている僕の目の前には、「気持ちを楽にして、気分を高めるお薬です」などと解説のつけられた説明書とともに、魔法の薬らしきものが、三種類も置かれている。なんか、超えてはいけない一線を踏み越えるかのような気持ちで、飲むのがためらわれる。

 イギリス留学は、あらゆる意味で僕の人生を180°変えた。無論、「三つ子の魂百まで」という通り、根本的なものは昔っからなにひとつ変わっていないのだろうが、考え方や生き方そのものが、2001年あたりを境にスッパリ変わっている。それまでの僕は、もっと単純な人間だった。悪く言えば、バカだった。渡英していた二年半の間に培ったものや、体験そのものに与えられた恩恵は、計り知れず大きい。ただ思うのは「どこかが出っぱれば、どこかが凹む」ということ。どうあれ、バランスは取れているはず、ということだ。今は確かに調子がひどく悪いが、その分、手にしている幸福も大きい。たとえば、「ああ、この人と知り合えてよかったなあ」と思える人がいること自体、幸せなことなのだ。大事なことは、鬱々としていこそすれ、享受すべき幸福はビビらずに享受することだろう。それを享受できなければ、バランスが取れていると思うことすらできないはずだ。

 そういえば今朝の『THE SIMPSONS』で、リサ・シンプソンが「パパ、知性と幸福は反比例するのよ」とこんな表を作っていて笑えた。


 
 八月二十二日(日)
 昨日は早めに就寝したせいか、早朝に目が覚める。体調のことを考え、クーラーから扇風機に乗り換えたのが功を奏したのか、なんとなく気分がいいような気がするが、熱はまだ下がらない。明日、病院に血液検査の結果を貰いに行くのだけど、異常が認められなかったら、それはそれでちょっと困るなあ……。

 この間、運動不足の解消になればと思い、自転車を買った。体調が体調なだけに、まだ病院に行くときぐらいしか乗っていないのだけど、自転車、気持ちいいな。僕は、自分が生まれて初めて“景色が流れるような速度”で走ったときのことをはっきりと憶えているのだけど、久々に乗った自転車は、その感覚をまた味わわせてくれたように感じた。しかし、この歳になって久しぶりに自転車に乗るというのは、楽しくもあるけど、なんだかちょっと怖い。昔は、車もバイクも運転したことなかったから、行動でもバリバリ走っていたけど、今にして思えば、恐れを知らなかっただけだ。『熱血硬派くにお君』よろしく、兄と自転車に蹴りを入れ合いながら、駅前の大通りを爆走してたし。

 それにしても、当時僕は本当に生きていて、今持っている記憶も本物なのかしら、などと、ときどきふと思う。なにもかも、どんどんあやふやになっていく。そういうあやふやになってしまったものの積み重ねの上に現在の自分がいるのだと思うと、とても不思議な気分だ。

 深夜になり異様に目が冴えてきたが、ここで起きていたい誘惑に打ち克つことが大事。鬼の心でパソコン消して、今日はなんとしても寝るぞ。


 
 八月二十一日(土)
「ようやく体調がすこしマシになってきた」と昨日書いたが、やはりまた悪くなった。「さすがに一週間も熱が引かないのはおかしいぞ」と思い、今日は朝から近所の内科へ行った。若い看護婦さんに採血してもらった。結果は月曜日だそう。頭痛、目の痛み、首の痛みと、症状がぜんぶ頭に近いところに集中してるのが怖い。いちおう、血液がきれいになるように、ササヘルスを飲んでいる。誰も知らないだろうが。

 病気の間は、確かに苦しいが、ある意味とても安心する。病人というのはだいたい心の弱いものであるから、日頃から心の弱い僕は、やっと正当な理由ができたような気がするのだ。とはいえ、普段から心の弱いのが苦しいということはない。「これが自分なのだからしょうがないじゃないか」と自分を納得させるのが、ひどく惨めで苦しいのだ。病気になるといつも、雨のレースでは速かった、元F1ドライバーの中嶋悟選手を思い出す。引退後の談話かなにかで「雨になってレースのスピードが落ちると、ようやく他のドライバーと同じ条件で勝負できるようになった」というようなことを言っていた。
 女の子と付き合うと、だいたいこれが原因で、僕は失敗する。相手が自分のことを好きなのだと感じると、もちろん嬉しいのだけど、怖くなってしまうのだ。自分ひとりちゃんと生きていけるか分からないのにと思うと、そうやって気持ちを向けられることでどうしようもない焦りが芽生えてしまい、僕はどんどん逃げ出してしまう。まあ、見栄っ張りなのだろうね。情けない部分を見られまいとして、ついついクールを装ってしまうのだから。

 ケーブルTVの『アニマックス』というチャンネル(すごい名前だ)で、『機動戦士ガンダム』『ベルサイユの薔薇』『妖怪人間ベム』『ルパン三世』『赤毛のアン』などが、新しいアニメに混じって放映されている。よく、なんの気力も湧かない日(ちょうど病気でダウンしている今のように)には流しっぱなしにしているのだけど、たかだか二十年ちょっと前の物とはいえ、昔のものっていいな。なんというか、ストーリーの深さ、主題歌などはもとより、声優の演技までもが、新しい物の多くとは、段違いに深い。さらに言えば、声優の声色までもが深い。人間臭くて、アニメ臭くないのだ。あと、作品全体に、並々ならぬ美意識がある。そういうのが薄くなってきてるってことは、作ってる人たちは、疑問感じてないっていうことなのだろうな。僕はマンガとかアニメとかけっこう楽しみながら見ちゃうほうだから、「テレビアニメは子供たちには悪影響で云々」などとはあまり言いたくないが、これほどまでに内容も美意識もないものはさすがに見せられない、と思ってしまうものはけっこうある。
 最近よく思うのだけど、子供の頃にしっかりとした美意識を身に着けるのって、とても大事。ちゃんと美意識を持った人が作ったものって、ぜんぜん小賢しくないし、説得力があって、とても好き。そしてそれは、創作のみに限らず、普段の生活にも当然表れるものであることだし。
 ちなみに僕は、若干その美意識に欠ける、浅ましいところがあるので、注意していきたい。


 
 八月二十日(金)
 夜中になり、ようやく体調がすこしマシになってきた。微熱も概ね36℃代で落ち着き、頭痛も、先ほどまでのような、どうにもたまらないようなものではない。ほとんど丸一週間も続いたこの体調不良だが、ようやくピリオドか。もっとも悪かった一昨日くらいまでは熱以外にもあれこれとトラブル続きで、とにかくもう、なにもかも嫌になってしまうことが多かった。そんなときに、歯の詰め物がとれてしまったり、熱を押して歯医者に行けば休診日だったり、他にもいろいろあったりで、精神的にもずいぶんと消耗した。しかし、その間ほとんど滞っていた仕事のことを思うと、そんなことも言ってはいられない。再開しなくては。

 でも今は、僕の応援する山本絵美選手がサッカーでアメリカとやっているので、この試合が終わるまでは、休みます。ケガでの不調が心配された山本選手だけど、ようやく戻ってきてくれた。この人のプレイは、カッコいいよー。なんというか、サイドを駆けあがr……あ、先制された!


 
 八月十九日(木)
 女には底の知れないふかいところに、
 到底男の理解ができない『凝結(かたまり)』があると
 ある友がいつた言葉をふつと思ひ出しながら、
 こゝろよいあなたの声の空気の震へに身をまかせて
 話しつゞけてゐる私の唇が、
 突然、衝動的に歪んだ
 あなたはそれを見てとつたでせうか、
 すべての男性的な女に対して
 女の誤まつた理性に就いての
 感想がふつと湧いたのです、
 私が現在女性に対して
 感じてゐることは
 男としての女に対する焦燥があるだけです。
 女に対して心に
 焦らだちをもつた男の一人です。
 誰が我々に男と女といふ性の区別を与へたのだらう、
 一つの谷を降りて行きます、
 この谷は二つのむかひ合つた
 側面をもつてゐる、
 一つは男の性の側面、
 一つは女の性の側面です。
 二つの側面の間を清麗な水が流れてゐる、
 男は己れの側面を降りてゆき
 そして底もしれないふかさに悩みくるしむ、
 相会ふことを追求するのです、
 男も女も呼びあつてゐる、
 たがひに声はとゞき、
 意志は伝達する、
 たゞそれだけです、
 永遠のへだたりをもつてゐる男と女とが
 思想のこと、経済上のことを
 語りあつてゐることを
 谷やせゝらぎが嘲笑してゐるのです。


小熊秀雄詩編『性別の谷』より


 
 八月十九日(木)
 一年前に書いた長編小説をプリントアウトしてみたら、A4で147枚だった。
 おいおい、マキシマムブレイクじゃん。

 知識ない人はおいてけぼりで。一日約300人くらい訪れる当サイトだが、たぶん分かるのは4人くらいか。

 あ、眠れないから五輪サッカー観てたんだけど、ようやく勝ちましたね。つーか、曽我端、なんで呼ばれてんだよ。黒河でいいじゃん。それより、DFの選手を呼んだほうがよかったんじゃないかと思う。松田とか。
 と、結果だけ見て横チョからあれこれ言うのは簡単。お疲れさま、五輪代表男子。さあ、女子だ。つーか女子柔道とかだと「女子!?」って感じだったりして、ギャップがいいですね。

 そういえば数年前に、ゴア・トランス好きの女の子から突然「シモンさん! あたし、雨ニモマケズを完全に解釈した!」というメールが来て、返事を返さなかったのでそれっきりになってるけど、元気かなあ。

 ウェブにてなんともやるせないものを発見。昨年末に刊行予定だった、サーフベアの絵本二冊、プレスリリースは出ていたのか。そういえばその後、管財人から連絡来ないな。


 
 八月十八日(水)
 夜になり、熱もだいぶ下がった。チャートが途中で終わっているのは、かなり高熱になり、気を失うように眠っていたから。毎日この繰り返しだから嫌になる。明日の朝には、また熱が出ているのだろうか。と思ったら、まだ37.7℃ほど熱があった。あんま下がってねーじゃん。体感て、アテにならないな。あと一週間熱が続くようなら、さすがに病院の門を叩いてみるとしよう。
 今日はほんと安静にしてただけだから、あんま書くこともない。

 ていうか、演歌のかかっている家庭で育っていそうなことで有名な福原愛ちゃんだけど、自分がポイント取るたびに「うっしゃー」とか言ってるでしょ。音階で言うならDの音で。あれ、気になって気になって……。


 
 八月十八日(水)
 登場しましたフィーバー・チャート。朝五時に起きて「お、今日は元気か!?」と思って熱を計ってみたら、38℃。ぜんぜん元気じゃないじゃんな。でも不思議なことに、気持ち的には元気な“気がする”のが、今回の不思議。実際には、ぼんやりしていてまったく使いものにならない。鶏肉、生で食べようとしてたし。
 フィーバー・チャートは適当に更新されると思うので、チェックを怠るな! あと、MSNメッセンジャー友だち募集です。
tomotttt@hotmail.com ←よろしく!


 
 八月十七日(火)
 熱下がらず。長いなあ、くそ。かれこれ五日間近くも、微熱が続いているばかりか、ときおり39℃近くにもなる。もしかして、なんか変な病気にでもなったのかしら。頭いたた。具合悪いせいで風呂をさぼっているのが効いたのか、なんか身のまわりのものがヌルヌルしてきたような気がする。今日はちゃんと風呂に入ろう。携帯電話とか、もう悲惨。


 
 八月十六日(月)
 まずは、ライブのお知らせ。といっても僕ではなく、佐々木彩子さん。九月十三日、東松山市のイタリアン・レストラン『PACE(パーチェ)』にて、ピアノと歌のライブを開きます。お近くの方は(この日記の読者に果たして何人いるのか)、ぜひともお越し下さいませ。また近くなったら詳細お知らせします。僕、主催者です。シュバイツアー・ツアー主催者。←早口言葉

 この間ファックスを購入して浮かれていたのもつかのま、もう飽きた。というより、頭きはじめた。ファックスとはいえ、なにも来なければただの電話と同じではないか。いそいそと紙を補充した自分の気持ちが憎らしい。思わず、自分で電話を鳴らして、ちゃんと通じているか確かめてみたら、よけいに虚しくなった。

 最近のスポーツ選手のインタビューを聞いていると、「見れる」などの“ら抜き”表現と、両親のことを「お父さん」「お母さん」と言うのはすっかり基本らしい。いちばん面白かったのは、オリンピックとはぜんぜん関係ないのだが、Jスポーツで流れていたJリーガーのインタビュー形式のCM。たかだか1分くらいのCMで、二十回くらい「やっぱ」を言っていて、笑えた。「僕がサッカーを好きなのは、やっぱ〜〜〜〜。だからやっぱ、見ている子供たちにもやっぱ〜〜〜。ですからやっぱ〜〜〜〜」という具合。だんだん「やっぱ」が不思議な言葉に聞こえてきてしまった。

 つーか、歩き煙草撲滅のJTのCM、「煙草は避けたけど、煙はぶつかった」って、神経質すぎじゃねーの? すぐ真隣で延々吸われてるんならともかく。


 
 八月十四日(土)
 出版社の方々、お待たせしました。ようやく我が家にもファックス導入です。これで、たかだか一枚の書類やゲラを、いちいち封書(!)でやりとりせずに済むというもの。というか、フリーになって一年間ファックスがなかったというのは、なんともあり得ない話である。
「じゃあ、ファックス入れておきますね」
「あ、あの……。うちファックスないんです……」
「え? あ、そうなんですか」
 のような会話を、何度繰り返したことか。

 ファックスといえば、かれこれ六年以上も前になるが、「先ほどは大変ごていねいなファックを、どうもありがとうございました」という返信ファックスを受けたことがある。締切直前のとても忙しい時期だったのだが、かなり気が抜けてしまったのを憶えている。「大変ごていねいなファック」とは、いったいいかなるファックであるのか。

 最近、「シモンさんてシェイクスピア読みましたか?」と聞かれた。文筆家相手にまったく馬鹿にした話である。もちろん読んだとも、シェイクスピア。
 ただ、著者が思い出せない。


 
 八月十三日(金)
『PEN』の9/1号に、僕が書かせていただいた明川哲也さんの『敗北への挑戦』の書評が掲載されています。ご一読を。『BLUE』を同コーナーで紹介していただいてから半年、今度は紹介する側に回ることができるとは、なんたる幸福。嬉しいことである。

 ここ二日ほどの具合の悪さは、ちょっとおかしい。元々、ときどき偏頭痛に悩まされたりはしていたものの、特に今日の痛みは異常ともいえる。ちょっと前に「風邪ひくかも」みたいなことを書いたが、もしかしたら本当に風邪なのでは。
 深夜三時くらいまで江古田にて酒を飲み、帰宅してから体温を計ってみると、微熱がある様子。これは、笑い事ではなく、風邪にやられるか……? とりあえず今日は、漢方薬をガガンと飲んで、温かくして就寝するとしよう。今日してきた約束事だけは、寝る前にしっかりと果たしつつ。あー、こういうときは、風邪ひいてしまう前に焼き肉でもドカ食いしてたっぷり寝てしまったほうがいいのだろうけど、相手がいないこの切なさよ。

 ああ、「具合が悪い」と思いはじめたら、途端に具合がめちゃくちゃ悪くなってきた。もうだめだ。


 
 八月十三日(金)
 やばいネギと、やばいナスと、やばい鶏肉を、ようやく捨てた。心底安堵。一ヶ月前に腐り始めたのに気づいてはいたのだが、どうも捨てるのが面倒で、代わりに冷凍しておいたものだ。


 
 八月十二日(木)
 も……ものすごい眼精疲労。両目が痛くてたまらん。あとで薬買いに行ってこよう……。それにしてもすごい。こんなの生まれて初めて。テレビ観るのもつらい。


 
 八月十一日(水)
 さて、すっかりお馴染みの、ビリヤードことわざシリーズ(おなじみ!?)。用語を知らない人そっちのけで行きますがよろしく!

「曲がったハウスキューのような人」
特に個性もなく、付き合ってもいいことのない人。

「ブリッジ組まずに球に向かう」
はなから失敗が見えていること。考えが甘いこと。

「狙い変えても構え直さず」
ものぐさであるがゆえに失敗すること。

「女より男と撞く」
趣味に対して本気であること。

「穴前の九番を外す」
見くびって失敗すること。

「出しを考え入れをしくじる」
本末転倒であること。先を考えすぎて、足下をすくわれること。

「まぐれのショットを狙いと言い張る」
初心者であること。見栄っぱりであること。

「見えないファウルはセーフのうち」
ずる賢い人、ものをごまかす人のこと。

 今回は以上。今後も続けます。

 読者の方から「電車の中で五郎さんらしき方を見ました」とフォームをいただいた。「金髪で赤いTシャツ、短パンに中途半端なソックスという、個性的な素敵中年の方」とのことなので、まず間違いなく、中川五郎さんでしょう。たぶん、その赤いTシャツはルコックです。


 
 八月十日(火)
 今日はなんと正午から仕事をし、夜の九時にビリヤード屋に。今月もまた、リーグ戦に参加しているのだ。これまでの戦績は、二勝二敗。初日に連敗してから、連勝している。今日は三試合やり、なんと、すべて勝ち。これで五勝二敗。残り三戦のうち二勝すれば、優勝も見えてくる。がんばるぞ。

 さて、こないだ日記に書いた「京王マナー川柳」だが、応募した。「寝る前にちょこっと考えよう」と思って挑んだら、考えれば考えるほどおかしなスポットにハマってしまい、夜明け頃にはすっかり半狂乱の様相でようやく一句ひねりだし、応募。あとで見直してみたら「なんだこりゃ」というものだった。

 ごみよりも 人を乗せたい 電車の気持ち

 ここに書くのもはずかしいが、まあ、敢えてのせよう。君たちも、ぜひ自分で一句ひねってみてほしい。
 なんか、朝からずっと風邪をひく予感だけがし続けている。頭のてっぺんあたりが神経過敏になっており、なでなですると、なんかすごい感触。今夜眠ったら、明日は風邪をひいているかもしれない……。

 仕事が好調。嬉しい。


 
 八月九日(月)
 久々のぜいたく。カップ麺かポテトチップス以外の食事。
 とんこつラーメンと餃子。
 おいしかった。


 
 八月八日(日)
 そういえば、京王線ユーザーの人なら知ってると思うけど、今、吊り広告とかドアの上とかに、京王マナー川柳が貼り出されており、何週間かに一度、新しい作品になる。どうやら、毎回毎回テーマを変え、川柳を募っているらしい。今は「優先席」がテーマになっており、いちばん大きくメイン扱いされている最優秀作品は:

 優先席 寝たふり上手 コンテスト

 というもの。まあ、ありがちである。いかにもな感じのベタなウィットが勝因か。
 その横あたりに、入選にはいたらなかった優秀作がいくつも小さな字で並んでいるのだが、その多くは、最優秀作品と同じ視点からのものだった。僕はぶっちゃけ、この視点、つまり優先席に座る人たちを批判的にチクチクやる視点からのものは、あまり好きではなかった。これでは、文句を言っているだけではないか。
 文句だけならまだしも、そこにウィットがこめられると、なんだかとても嫌味である。これはあくまでも「譲る人」に同意を求めているだけなのであり、「譲らない人」への語りかけではない。「なんだこりゃ タヌキばかりが 座ってる」などという川柳に至っては、いったいなんの川柳だか分からず「まあ、そんなに熱くなるなよ」と肩を叩いてやりたいほど、批判に熱がこもっている。「優先席 電源切らずに マナーOFF」これは上手い一句だが、やはり批判的であるし、そもそも作者は譲らない人よりも携帯電話に腹を立てている。「じゃあ、優先席でなければマナーOFFでもいいのか」というツッコミが容易に想像できよう。これらの句は、譲らない人々にとっては、なんの説得力もないはずだ。
 とはいえ、そういうものだけではい。もちろん、心温まるような良作もチラホラあった。

1、思いやる 心が咲かす 優先花
2、思いやり あればすべてが 優先席
3、どの席も 気使うこころ 最優先
4、さぁどうぞ いつかは自分も 譲られる
5、いつだって 心に刻もう ゆずりあい
6、ゆずる人 ゆずられた人 みな笑顔
7、優先席 ゆずる心を 最優先
8、思いやる 心がいつも 最優先

 こういうのだよ。こういうのがいいの。これは、ちゃんとした語りかけだ。とげとげしくないし、ほっこりしている。これくらい攻撃的でないものならば、譲らない人の胸に届くかもしれない(ただし、1番は演歌っぽい)。誰かに文句を言うとき、「あいつは嫌なやつだから、嫌な気分にさせてやろう」というようなことを考える必要は、どんな場合でも皆無だ。
 上記八句を並べ、その中から俺大賞を決めるとなると、4番だろうか。これは非常にいい。なんと言っても、暗い。他の句が「まごころ」「気遣い」「思いやり」などを全面に押し出しているのに比べ、「いつかは自分もそういう歳になるのだから」という諦念が、独特で目を引く。そもそも、譲らない人々には他者への思いやりが欠如しているわけだから、よく考えれば、真心を説いても、まあ無駄。そこに来て「やれやれ、俺もいつかは歳取るんだよなあ。そのときは座りたいなあ」というこの句、いいではないか。俺大賞決定。相模原市の大槻さん、おめでとう。なにも出ませんが。

 ちなみに、ちょっと前に携帯電話がテーマだったときの最優秀作品は:

 自己チューが 車チューで携帯 通話チュー

 というものだったのだが、これは「車チューで夢チューに」のほうがよいのではないだろうか。携帯電話がテーマなのだし、そもそも、電車の中で「通話」といえば携帯に決まっているのだから、敢えて「携帯」という言葉を使うより、韻律を持たせてリズミカルにしたほうが、面白い句になるはず。
 ということを、前に中川五郎さんと電車に乗りながら話したら「そんなこと考えながら電車に乗ってるんですね」と言われてしまった。ちなみに、そのときの俺大賞は「うるさいぞ 気付いてみれば 我が携帯」だった。これはうまい。
「乗ったとたん 親指姫の タップダンス」これについては、心が狭すぎ! メールくらい許せ!
「乗ってオフ 身に付くマナー 降りてオン」これカッコいい。カタカナでリズム作っててイカす。
「かけてるよ 電話もマナーも 迷惑も」これも「かける」の多義性を利用した聡明な句だな。

 つーか、なにマジメに語っているのだ、俺は。次回のテーマは「ゴミ」らしいので、なにか投稿してみよう。
「ゴミ捨てる お前の存在 まさにゴミ」
 とかにはすまい。


 
 八月八日(日)
 最近、Yahooオークションに手を出している。おかげで、偽物のジョン・パリスのキューなど買ったりしているわけだが、オークションって便利。安いし、届けてくれるし(引きこもりに追い打ち)、なにより、ゲーム性があって面白い。他に入札者がいる場合など、締切時間ギリギリのせめぎ合いはかなり楽しい。こちらが終了2分前に「おし、今入れれば負けねーだろ」みたいな気概で入札しても、相手が残り1分くらいでガツンと入札してきて負けてしまったりする。当然悔しいのだが「ああ、負けたよ、おめーには」みたいな、変な友情すら感じることがある。
 とはいえ、僕の通帳など見るも寂しいような状況。最近、磁気が弱まってしまったせいで記帳ができなくなってしまったのだが、「ああ、これで惨めな残高を見ずに済むわい」と、ホッとしているような有様なのである。でも、ようやく明後日くらいに『Good Luck』の印税がチョコっと入ってくることになったので、今日はオークションでスーツを物色。大学を卒業してから七年、自分でスーツを買おうと思えるほどに潤うのは、今年が初めてのことだ。記念に新調しても、バチなどあたるまい(新調っていってもオークションなのが寂しいところだが)。

 そういえば、ちょっと前に兄から「熱い映像」というコメントともに海外のウェブサイトのURLが送られてきたのだが、これが、スヌーカーの試合映像だった。名場面がいくつか掲載されているので、ぜひこの日記を読んでくださっている皆様にも、見ていただけたら嬉しい。念のため「どこが面白か」が初めての方にも分かりやすいように、解説をちょっとつけておこう。
 その前に、ちょっと必要なルールを説明。スヌーカーでは手球を抜きにして、全部で21個のボールが使われる。内訳は、「赤(1点×15個)、黄色(2点)、緑(3点)、茶(4点)、青(5点)、ピンク(6点)、黒(7点)」となっている。で、赤以外は「カラーボール」と呼ばれているのだが、この2つを交互に落としながら、点数を重ねていくというのが、もっとも基本的なルールになる。例えば「赤→緑→赤→青」といった感じ(カラーボールは落とすたびに、所定のスポットに戻される。赤は落としっぱなし)。で、外してしまうと選手交代なのだが、最初の赤を入れてから敵にターンが回るまでを「ブレイク」と呼ぶ。敵のターンになると、相手がまた赤から狙い始めてブレイクしてゆく、というわけ。赤い球がぜんぶなくなったら、カラーボールを点数の低いほうから順番に落としていくのだが、途中で「こりゃー追いつけないわ」と相手が降りる場合もある。ちなみに、可能な最高得点のブレイクは、一応147点(黒以外のカラーボールは使わずに、テーブル上のすべての球を落とすと発生。ある条件が揃えば155点まで可能なのだけど、ややこしいので割愛)。これは「ワン・フォー・セブン」とか「マキシマム・ブレイク」などと呼ばれる。さて、それが分かったところで、解説してゆこう。

1: Ronnie's 147 in 1997
 これは、史上最速で147を達成した、ロニー・オサリバン選手の映像。これを見ると、「なんて簡単なスポーツなのか」と思えてしまうから、目の毒。なんとぜんぶのボールを5分20秒ほどで落としきったのである。なに考えてんだコイツ。

2: Davis v Taylor 1985 final frame
 1985、ワールド・スヌーカー・チャンピオンシップの決勝戦。「18フレーム先に取ったほうが勝ち」というルールなのだが、17−17まで試合はもつれにもつれた。しかも、最後の35フレーム目ももつれにもつれ、テーブル上にブラックひとつしかなくなっても、勝負はまだ決まらなかった。そのブラックを決めれば勝ちである。最高にスリリングな展開。お互い、相手に入れにくいような配置に手球とブラックをコントロールしながら相手のミスを待つのだが……。

3: Jimmy White's 147 in 1992
 これは、92年のワールド・スヌーカー・チャンピオンシップからの映像。国民的に非常に人気の高いジミー・ホワイト選手が147を達成するシーンを撮影したもの。ロニー・オサリバンが簡単そうにやってのけたのに対し、こちらは必死。最近、麻薬で逮捕されたが、まだまだ現役。

 あと2つほどそのサイトには映像載ってるけど、また見てないので割愛。


 
 八月七日(土)
『冬のソナタ』のヒット以降、韓国の結婚斡旋サービスに登録する日本人女性が急増中のだとか(今テレビで観た)。ブームもここまでくるとすごいな。

 サッカー日本代表、アジア杯連覇おめでとう! 中田浩二、みごとなハンドだったぞ! しかし、表彰式のころにはスタンドがガラガラだったのがなんとも。つか、「抗日」コールすごかった。ちなみに留学中、中国人の留学生が日本人のことを「日本鬼子」と呼んで強い敵対心を持っていると、唯一気さくで仲のよかった中国人学生が教えてくれた。彼らが固まっている傍を通るとジロジロ見られたし、中国語分からなくても、なんか自分のこと悪く言われてるのは分かった。一度は、その仲良し中国人がブチ切れて、バスの中で他の中国人に説教したこともあった「シモンがなんかしたわけじゃなくて、日本人だから言われてるだけなんだから、気にしないで」みたいなことを言われた。
 バースの中華料理屋でも、日本人だと分かるやいなや、食べ終わる端から皿を下げられたりしたっけ。ノーリッチの雑貨屋でも、挨拶しても口きいてもらえなかったし(通ってるうちに、なんとなく仲良くなった)。だからと言って彼らのことを悪く言おうとは思わないけど、「ずいぶん時間経ったんだから昔のことは忘れよう」なんて思ってるのはこちらだけなのだろうなと思うと、なんかやりきれない。アジア杯でも、やたら中国人サポーターが批判されてるけど、反射的に、明らかに見下したような批判をするほうもなんだかなあ……、という気持ち。日本が優勝したのは嬉しいけど、なんかスッキリしない大会だった。団地とかでも「いちばん関係が悪くなるのは隣同士の家」なんて言う話をどこかで聞いたが、それが国家観にまで話がデカくなると、壮絶ね。

 つーかオイ! こないだ目覚まし時計をうっかり洗濯してしまったのだけど、乾いたらまた動き始めた! いやあ、目が覚めた。

 そういや、自分の名前で検索かけたときのヒット件数が、いつの間にか堀井サナを抜いてました(って今さら!)。時間の流れってすごい。サナ、元気かしら。


 
 八月五日(木)
 お金の入る直前に米がなくなるという法則を知っているだろうか。これまで多々そのようなことがあり「果たしてこれは偶然なのだろうか」だとか「たまたまそういうときに米がなくなったことが印象に残っているだけなのではなかろうか」だとか考えていたが、今年に入ってから注意深く気に留めていたところ、やはり金の入る直前には米がなくなるようである。


 
 八月四日(水)
 自分の発する言葉や、自分の取る行動といったものは、なにかに向けられているようであっても、必ず、自分自身の姿がそこに反映されているものだ。たとえば誰かを胸の中で責めたとしても、それは本当は、誰に向けて言っているのでもなく、ただ単に「わたしはこういう人間である」という説明のひとつにしか、なっていないのだ。今日は一日じゅう、昨日からひどく高まっている苛立ちに苦しめられながら過ごすことになった。苛立ちが苦しいのではなく、苛立っている自分がたまらなく嫌なのだ。なにか言わずにはいられないときの自分ほど、下らない人間はいない。口から出かかった言葉をぐっと飲み込むが「思っているのなら結局同じことではないか」と、また苛立つ。立派な人とは、物言わぬ人のことである。感情に起伏がおこるたび、世界はものすごい速度で遠のいていってしまう。海亀が僕のすべてを見透かしたように優しく笑いながら、頭上をゆったりと横切ってゆく。


 
 八月三日(火)
 朝まで仕事をしてから就寝。あー、なんか、やってもやっても終わらんような気がしていて、なんとなくペース・ダウン中。一度書いた文章に手を入れるのは怖い。リズムとか流れとか、下手するとそういう部分にすごく影響が出てしまうし。こちらが「もうちょいどうにかならんか」という訳にOKが出たり、「ここはバッチリだろう」という訳には直しが入ったりで、とても難しく険しい道だ。
 今は「飛躍して訳すのか、それとも忠実に訳すのか」の部分で大きな葛藤がある。飛躍していても、伝わるものが間違っていなければいいのだとずっと思っていたのだけど、実際、どうなんだろう。僕は、「英語の作品を他の言語に翻訳したら、もう別の作品である」と教わってきた。たとえばビジネスマンがポーク・チョップを食べながら会議をしている風景を日本語に翻訳するのならば、「ポーク・チョップ」を「寿司」に直したところで何ら問題はない、という考え方だ(無論、舞台設定そのものをすべて変えなくてはならないし、極論中の極論だが)。この間「翻訳家は解釈してはいけない」と言われてしまったが、本当にそうなんだろうか。今は、そのあたりでの混乱というか、迷いのようなものがとても大きい。これが訳文に出てしまわなければいいのだけど……。とにかく、まったく自信を失い、なんだか作業に着手することすら申し訳ないような気持ちの日も多い。語彙レベルで訳文と原文を照らし合わせながら読んでいくと、どうしてもニュアンスの一致しない部分などが、けっこうある。これは異言語間ではしょうがないことなのだろうが、毎日、英日単語の波に揉まれながら果てなき海峡を渡っているかのようで、けっこうキツい状態が続いている。ともあれ、それでもカレンダーは進んでいくわけで……。

 1日から今日まで、近所で年一回の大きな夏祭りが開かれている。うるさくてイライラする。やたらと攻撃的に神経が逆立ち、どこに出かける気も失せる。そんな自分にすっかり失望すると、またいつもの僕が「待ってました」と顔を覗かせ、コタツの上にどかりと座り込み、微動だにせず、ニヤニヤと薄笑いを浮かべながら僕の目をじっと覗き込むのである。


 
 八月二日(月)
 消えちゃった先月の日記に書いていた「スヌーカー風プール・キュー購入日記」だけど、終了。というのは、スヌーカー・キューを買うことにしたから。もう、プールは店の貸しキューでいいや(それか、今使ってる偽物で!)。ずっと「もしかしたら俺、ポケット・ビリヤードじゃなくてスヌーカーが好きなんじゃないかしら」と思っていたけど、実際にプレイしてみて分かった。やっぱそうなんだわ。だって、9ボールとかやってても、入れるより隠すほうが楽しいんだもの。つわけで、プールは別に趣味とも呼べなくなってきており、それにつれて、それほど金をかける気もなくなった。実際、貸しキューでもほとんど不便ないしな。まあ、スヌーカーはプレイ料金もけっこう高いし、結局はいつもの店には通うのだろうけど。友だちもいるし。とりあえず目標は、週一回2時間のペースでスヌーカーをプレイすること。がんばって、上手くなろう。
 ちなみにキューはおそらく今月中に注文する。国内でもまったく同じキューを買えるのだけど、イギリスから個人的に取り寄せるのと比べるとなんだかやたら割高なので、販売元に直接注文するつもり。今から楽しみ。

 そういや昨日、一緒に遊んでくださった松嵜さんと「スヌーカー流行らせるにはどうすればいいんですかねぇ」という話をしたんだけど、やっぱ、ポケットを甘くしないと──つまり球が入りやすくしないと──厳しいんじゃないかと、個人的には思う。僕は、いくらあんまり上手くないとはいえ、ポケット・ビリヤードならばそこそこ撞ける。まったくの遊びで撞く人たちと飲み会のついでに行ったら、ひんしゅくを買うかもしれない程度には撞ける。それなのに、スヌーカーでは一球入れるのにも一苦労だ。これでは、一見客が遊べるわけがない。ただ遊びでふらりとビリヤード場を訪れるカップル客とかのレベルは「すっごーい、当たったーー!」「うっそー、入ったーー!」くらいなのである(その辺のビリヤード場に2時間もいれば、この手のセリフがそこかしこから聞こえてくるはず)。その程度でも遊べるくらい、プール(つまりポケット・ビリヤード)はある意味簡単なのだ(あくまでもある意味。ホントは、球の中心を撞くことすら、なかなか難しい)。
 スヌーカーを流行らせることの難しさは、ゲームの難しさ。ルールも複雑だし、戦術も複雑だし、球は入らないし、ゆっくり撞くとまっすぐ転がらない。これでは初心者に「お前は遊ぶな」と言っているのと同じことだ。昨日やってみて、それがよーーーく分かった。僕のスヌーカー初ショットは、狙った球にすら当たらなかったしな。
 つーわけで、僕が思うスヌーカーを流行らせる方法の第一歩は
1、球が入りやすく
2、球が曲がらず
3、とりあえず気分だけ味わえる台を作ること
 だと思う。つまり、簡単に作れて、本物とは違うが風味だけは味わえる「永谷園の中華料理」だとか、とかく面倒が少なく満足度もそこそこある「着色済みのプラモデル」だとか、味は落ちるが食べるだけなら別にOKな「野菜炒めミックス」みたいなもの。要は、入り口などというものは、気分が味わえればまあ成功なのだ。本当の難しさは、本当にやりたい人だけが体験できればそれでいい。
 というわけで、そんな台を誰か作ってください。

 つか、昨日夢の中で、宇多田ヒカルと僕がクラスメイトで、なおかつラブラブだった。たまりませんでした。


 
 八月一日(日)
 つーわけで、今日はスヌーカー初体験。一緒に行ってくださったのは、JSPC(Japan Snooker Player's Clube)ランキング5位の、松嵜直己さん。こんなド素人、しかも未経験者に付き合ってくださるとは、なんともありがたい。新宿のビリヤード場『サムタイム』前にて待ち合わせし、さっそく入店、プレイ開始。と、思いきや、「そのキュー、偽物ですよ」と松嵜さん。僕が持っているジョン・パリスのスヌーカー・キュー、なんと、よくある偽物らしいのだ。マジかよ。ということは僕は、「笑う人には笑われながらスヌーカー・キューで9ボールを遊ぶ男、そのクセ入れが弱い、しかもキューは偽物(ウチの兄談)」ということになる。最悪だ。
 それにしても、さすがに現役で活躍しているプレイヤーは強い。当たり前だが、勝負にならない。いつもテレビで観ているようなプレイを目の前にして、興奮してしまった。それにしても、プレミア・スヌーカー・リーグに出場している選手達は、マジで人間離れしていることを腹の底から痛感。あれはもう、人間と呼びたくない。

 で、思ったこと。よく初めてスヌーカーを撞いた人が口を揃えて言うように、台がデカい。ホントにデカい。プール・テーブルがオモチャに見える。そしてポケットが小さい。マジで小さい。ボール2つ分の幅もない。そしてボールが小さくて軽い。結局最後まで、怖くて下が撞けなかった。二時間半ほどプレイしたのだけど、三十分くらいにしか感じなかった。またぜひとも行きたい。「なんとなく行きづらいなあ」と思っていたのは錯覚で、実にオープンな感じだったのもいい。あれなら、気軽に行ける。たぶん、このサイトの読者の中にも「行ってみたいけど心配だなあ」と思っている人はいると思うが、ルールさえ憶えて行けば、なにも心配することないはず。勇気を出して、行ってみること。
 ちなみに今日の目標は、とりあえず「レッド→ブルー→レッド」で7点のブレイクを出すこと。ただでさえあんまり上手くないのだから、それだけできれば上々のはず。でも予想外に、イエローがさらにひとつ余計に入り、9点のブレイクが出た。これは、初日としては万々歳だろう。
 それにしてもスヌーカーやばい。まじハマる。楽しすぎ。松嵜さんが調子を上げてきたからは、ほとんど入れさせてもらえなかったけど、それでも、相手と腹のさぐり合いをしているだけでも、ものすごく楽しかった。これはぜひとも、人口増やしたい。が、ポケット同様に入り口が狭いのも事実なんだろうなあ。あの難しさじゃ……。

 プレイが終わってから、新宿駅構内にあるレストランみたいなところでスヌーカーのことなどいろいろ話す。やはり、選手としても、この競技人口の少なさは寂しい様子。競技人口が増えないまでも、せめて、世間的な認知を高めていきたい。まあ、僕が言うのもなんだが。

 つーか、間違って七月の日記全部消してしまった。取り返しのつかないことを……。