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留学記  バース編
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会社名などは敬称略で。  
 九月二十九日(水)
 インターネットで『Good Luck』の感想を検索していたら、従兄弟の奥さんと思しき女性が運営しているウェブサイトに行き着いた。僕に会ったことがある茨城在住の女性といえば、祖母か叔母さんか彼女くらいのものなので、まあ、ほぼ確実だろう。「悪い人ではないけど、あんなにネタにまみれた人がこんないいこと言っちゃだめよ」と書いてくれていた。褒められているのか、それとも怒られているのか。

 調布にて、ヤノさんとビリヤード対決。今日は9ボールで。5セット先取りで4試合やり、すべて負けたが、それでもけっこう善戦した。僕が知るかぎり周囲では現在いちばん強い人だけに、この善戦は嬉しい。ただ、終電を逃したのは悔しい。

 ものすごい雨。テレビが映らない。


 
 九月二十八日(火)
「うんこ」という言葉に反応してくれた方々からのフォームで、一日の最多フォーム数を記録。みんな、うんこ好きだなあ! ありがとう。何歳になっても、僕はうんこが大好き。


 
 九月二十七日(月)
 ネットに上げられている『Good Luck』の感想の中には、割と批判的なものが多い。「いくら努力しても報われないこともある」みたいな感じだ。でも、努力は物の見方を変えてくれるのだから、報われないということはないはず。女子レスリングの浜崎選手が「金よりも価値のある銅。いい経験をさせていただいた」みたいなコメントを出していたが、あれはいい言葉だったと思う。「報い」っていうのはけっこう難しくて、自分で「これが報いだ」と思わない限り報われないこともある。黒い騎士のノットも「森へゆく」という努力をした結果、最後には、自分の間違いに気づくことができた。これは、森へ行かなかった騎士たち、つまり、なんの努力もしなかった騎士にはもたらされなかった「報い」だといえる。結果よりも、その中で自分がどう変わってゆくことができるのか、そのほうが大事だと僕は思う。「いくら努力しても報われないこともある」みたいに言い切ってしまうのは、「あんな広い森じゃあ、クローバーなんて見つからないだろ」と短絡的に諦めてしまうのと、同じことだ。

 最近よく「うんこ」という言葉を口走っている。僕はしょっちゅうなにかを口走るのだけど、ここ二ヶ月くらいは「うんこ」なのだ。「うんこ」だけのときもあれば「うんこひとつください」「うんこもっと」「うんこすごい」など、他の語とくっついて口を突くこともある。「うんこうんこうんこ」と、連呼のときもある。なんか今、僕はこの語感がとても、とても好きだ。うんこうんこ。


 
 九月二十六日(日)
 スヌーカーのHB(ハイエスト・ブレイク。連続して獲得した得点のこと)自己記録を24に伸ばした。嬉しい。当座の目標である30まで、あと一息だ。赤黒×3だったのだけど、2回出たから、たぶんまぐれではないはず。やっほう! もうちょい上手くなって、普通に30点くらい出せるようになったら(すんげー大変だけど)、試合とかも出てみたいなあ。

 昨日と一昨日、二日連続で、『Good Luck』がAmazon.co.jpのランキング1位になっていた。最初は目を疑った。これまでも上位に入ってはいたが、1位は初めて見た。壮観。こんなこと、もう一生ないんだろうなあ。昨日、テレビで愛子様が絵本を読まれている姿が放送されたら、すぐにその絵本が一位になった。


 
 九月二十四日(金)
『佐藤君と柴田君』(佐藤 良明、柴田 元幸:新潮社)という本を読んでから、自分も「忙しい」という言葉を使わないように心がけている。僕は自分の状態を説明することに言葉数を費やしてしまうという悪いクセがあるので、今後は「自分はこれこれこうなんですよ」という説明はできるだけ控えていきたい。人はそんな説明などアテにせず、普段の言動から他人のことを判断するものだろう。あと、ちょっと前の雑記でもちょっといろいろあったが、人の言動に対してあれこれ言うのもやめていきたい。言われたところで、人は実感を持つまでは理解ができないのだから、意味などない。早川義夫さんがご自分のサイトに書かれているコラムで「小林秀雄は「あなたのおっしゃる通り」「私は見ての通り」。それだけで世を渡っていくのがいいと言う」と書かれているのを見て、なるほど、と深くうなずく。

 実は、そのようなことを意識しはじめたのはけっこう前のことなのだけど、なかなかうまく体に馴染まなかった。『佐藤君と柴田君』を読んで、ようやく「ああ、そうだよ」と思った。自分で思うことも大事だけど、自分で思ったことを人の言葉で読むというのもまた大事だ。最近は、物腰が柔らかくて安心して会えるようになったと言ってくれる人もいて、嬉しい。一方では「もっと肩の力抜いてないと疲れてしまいますよ」と言ってくださる人もいて、これまたありがたい。本当は、けっこうだらーんと生きていてもいいのかなあ、と思ったりもする、秋の夜長。昔は、「シモンさんに会うと緊張します」って言われるのを、褒められているのだと勘違いしていた時期もあったっけ。歳を取るというのは悪くないものだと、最近よく考える。


 
 九月二十三日(木)
 仕事が一区切りついたので、夜十時よりビリヤードへ。この間、初めてスヌーカーのひとり撞きをして以来、なんだか“球を見る気持ち”が変わった。今日はそれを確認するのが目的。最近は、ポケットキューが欲しい気持ちも失せ、「やっぱ田内さんはスヌーカーのキューじゃなくちゃ」と言われるがままに、既にトレードマークとなりつつある偽ジョン・パリスでプレイしている。なんか、このキューがやたらしっくり来るようになってしまった。
 今日はフットスポットに的球を置き、まっすぐにコーナーポケットに狙い、三十センチから四十センチの幅で引き球の練習をする。それを三十分くらいみっちりやったあと、ボウラード。1ゲーム目で116点、2ゲームで161点が出る。調子がいい。ついこの間までは、100点超えが難しかっただけに、まるで別人になったような気分だ。的球からポケットに向けて線が見えるような気分。明らかになにか壁を超えたと思うので、今度またスヌーカーのひとり撞きに行ってみよう。

 ビリヤードをやっていると、非常に生活や仕事の参考になる。特に「力加減」がそうだ。たとえば的球Aをポケットに入れてから的球Bを入れるのにいいポジションまで手球をコントロールする際、方向がバッチリ合っていても、力加減ひとつでまったくダメになってしまったりする。強すぎれば、想定したポイントを通り過ぎてしまうし、弱すぎれば届かない。ある程度ポジションがズレてもBまではなんとかポケットできるが、今度は的球Cに繋がらなくなってしまったりする。力加減ひとつ間違うだけで、後のプランがザックリ狂ってしまうのだ。無理矢理Cにポジションしようとして、余計にとっちらかってしまってしまうあたりも、日常生活そっくり。常に、ちょうどいい力加減というものがある。ビリヤードでも私生活でも、力加減がいい加減な人ほど、先へ進むにつれて怪しく、苦しくなってくる。
 ビリヤードのテーブル上って、ほんとうに人生そのものだと思う。てことは、行動を選ぶためのセンスなんてものも、人生にはけっこう必要なんだろう。思うにビリヤードでは、「どういうショットをするか」を決めることがいちばん大事で、それを活かすために、適切な力加減が必要になる。力加減が狂って、当初のプランが崩れてしまったら、下手にプランにしがみつくよりも、作戦を練り直したほうがいい。

 今のところ、僕の生活は順調。3番くらいまでは落としたか。誤差少々、許容範囲。コントロールで修正できない範囲ではない。先は長い。がんばろう。次のショットは慎重に。そして、またビリヤード絡みの話題。ごめんなさい。


 
 九月二十二日(水)
 おっす、塾講です! 面接受かり、晴れて。しかし「塾の講師やろう」と思い立ってから、一発目で決まるとは、我ながら運がいい。「有言塾講」とか、駄洒落のひとつでも言いたくなる。よかったよかった。やはり、数学などできなくても生きていく道は見つかるということだ。あと、サングラスでも(以下同文)。来週くらいから始まりそう。がんばるぞ。


 
 九月二十一日(火)
 昨日の日記に書いたとおり、今日は国領にある塾に、講師バイトの面接へ。面接だけだと思ったのだけど、学力テストみたいなものまであって、ちょっとびっくり。しかも、英語だけならまだしも、数学までも。申し込みは英語だけだったので、数学のテストは気にしなくてもいいとのことだったのだけど、それでも一応見てみる。と、なんだこりゃ。ぜんぜん分からん。回答欄を埋めることができたのは二問のみ。しかも、どちらも自信ナシとの体たらく。数学、やはり向いてない。英語のほうは、発音記号知らなくちゃいけない問題以外は大丈夫だろう。無事合格しますように。
 僕は、普段はパソコンの画面を見続けることが多いから色メガネをかけているのだけど、今日ばかりはそれはまずかろうということで、普通のメガネも持って行ってみた。が、かけかえるのを忘れてしまい、意味なし。サングラスでバイトの面接に行くとは、我ながらどうか。落ちるとしてら、このメガネのせいだろう。明日連絡が来なかったら、落選。来たら合格。明日は、ドラフト会議で指名されるのを待っている高校生のように、ドキドキしながら過ごすこととしよう。

 九月に入ってずっと続いていた外出する用事がとりあえずひととおり終わり、一安心。気持ちを落ち着けて、仕事にいそしむとしよう。


 
 九月二十日(月)
 最近、酒を飲む機会が続いたばかりか、いつもけっこうな量を飲んでいたので、さすがに体に来た。まるで、頭に鉛でも詰まっているかのように重い。今日は、起きられないかと思った。昨日は特に飲み過ぎたのだ。そんな重い頭をようやく布団から持ち上げたのが、午後三時のこと。今日は恵比寿にて、仕事の打ち合わせがある。とても大事な仕事の打ち合わせだから、頭を置いてでも行かなくては。というわけで、なんとかかんとか自宅を出発。外に出てみたら、意外と体が動く。やはり部屋の中にいると、甘えが出るのだな。調子に乗って歩くペースを上げてみたら、実はそこまで調子は良くなく、キツくなった。適度なペースというのは大事だ。
 当たり障りのない程度に公表するならば、今度の仕事というのはノベライズ。この間ようやく原稿に着手し、理想的な発売時期は今年の十二月という、超駆け足の仕事になる。でも、ストーリーを作られたMさんと僕とがかなり高いレベルで同調しており、作業への不安はまったくない。こういう感覚は、滅多にない。いい仕事になるだろう。仕事を通して、シナリオの執筆に興味が出てきた。今抱えている仕事がぜんぶ一段落ついたら、ちょっと勉強してみようか。

 このノベライズという仕事が、僕は割と好きだ。小説の執筆とも翻訳ともちがう、独特の面白みがある。誰かの作り上げたストーリーを、だいたい決められたページ数に仕上げるというのは、けっこう難しい。だいたいどの程度のページ数をどういう展開に費やすかなど、原稿に着手する前に考えなければいけないことが多いのだか、もう、まるでパズルである。ピースがはまるまではけっこう苦労するけど、「あ、今ばっちり来たじゃん」という瞬間からは、とても早い。この、山を越える瞬間が快感なのである。さて、今月いっぱいは翻訳の仕事のほうに費やして、来月頭からはバリバリ書いてしまうとしよう。楽しみだ。

 明日は塾講師バイトの面接。受かりますように。


 
 九月十八日(土)
 池の上 Bobtail にて、中川五郎さん鈴木亜紀さんのライブを鑑賞。アンドリュース・プレスの山本さんと一緒に行ってきた。音楽のことは詳しくないのであれこれは割愛するとして、すごく温かくて、いいライブだった。おいしいお酒。仙川までの終電は逃してしまったが、桜上水までは行けた。そこから亜紀さんと、スタイリストのミドリさんとタクシー。「仙川までは僕が出しますよ。どうせタクシーで帰るつもりだったし」とか言いつつ、財布にちょうどいい持ち合わせがなく「次回でいいよ」と言っていただき、払わずに下車。男として情けない。次お会いしたとき、ちゃんとお支払いします。

 ずっと目の前にへばりつき続けている白く濁った透明な膜が、最近ときどきはがれることがある。気持ちがいい。電柱の輪郭がくっきりと見え、感動する。あの感覚は、なにものにも代え難い。かつてはずっと、あのように見えていたのだろうか。

 車の音が
 窓の外を
 左から右へ
 近づいては遠ざかってゆく。

 ただ
 それだけのこと。
 ぼくはただ
 じっと座って
 その音を理解している。


 
 九月十八日(土)
「テープもかさばらないし、って言ってる時点でおまえ終わってるよ。ディスクよディスク!!」と、兄からお叱りのフォームが届いた。確かに言われてみればそうだ。ディスクだ。昨日の日記参照。これでまた、ひとつ時代に追いついた。ディスクね(自分に念を押す)。

 自転車に乗ろうと思ったら、細かい埃のようなものが降り積もっていた。どうやら、浅間山の火山灰らしい。生まれた初めて火山灰を見た。

 ぜんぜん関係ないけど、俺たちみんな輝いてるよ。


 
 九月十七日(金)
「最近ビリヤードの話題が多くて分からんぞ」と、八王子の高倉あたりで、コウさんの妻から怒られているらしい。そんなわけで、「ビリヤードのことはできるだけ書くまい」と思っているのだが、そう決めたら決めたで、なかなか書くことも見つからない。ここ最近の悩みとかについて書いてもしょせん独りよがりになるだけだし、かと言って、「今日こんなことしました」なんてことを書くことができるほど、あちらこちらに顔を出しているわけでもないのである。そんなわけで今日は、DVDレコーダーを買った話でもしよう。
 僕は常々「自分を若くたもつには、若い人たちと触れ合う機会を持ち、なおかつ、最新の電化製品の操作方法についていくことだ」と思っている。それが、DVDレコーダーを買ってみようかと思い至った理由の、大きなひとつだった。だが、店頭などで見ても、いまいち分からない。HD容量、インターフェイスなどなど、見て理解はできるのだが、どうもしっくり来ないのである。そもそも「録画・録音はテープで」という意識が体に染みついているのだ。MDも、なんだかだるくってすぐに使うのをやめてしまった。
 ここ何年かは、自宅に閉じこもる生活が続き、すっかり手元にあるもので生活ができあがってしまっていたのだが、その間に、電化製品はどんどん進化(というか「進歩」か)していくのだけは感じていた。ビデオはDVDになり、ファックスは普通紙になり、テレビは薄型になり、携帯電話にはビデオカメラやテレビの機能までがついた。もう、テレビで新製品のCMを見ても、なんのことだかよく分からない。薄型テレビのCMで香取慎吾が「フリスビーできんじゃん」と言っているのを聞けば、「もしかしたら本当にできるのか?」と思ってしまうも自分もいる始末。確かに今のままでも困ったことはなにもないのだが、この生活の延長線上にあるのは、「ラジオもテープも聴けるから」と、未だにモノラルラジカセを畳の上に置いている、老人の姿である。僕にとってそれは、マラソンで先頭集団から離脱し「じゃあ五位を狙おう」と甘んじる姿勢と同じなのである。「これはよろしくないぞ」というわけで、デジタルビデオカメラかDVDレコーダーかiPodかと思い悩んだ結果、いちばん役立ちそうなDVDレコーダーを買ってみようかと思い至ったのだった。
 いろいろ見てみた結果、いちばんコストパフォーマンスが良かったソニーのPSXに決定。デザインも気に入った。ネットオークションにて格安で落札。落札から一ヶ月くらい待って、昨日ようやく届いたのだけど、いじってみればなんてことない。ビデオと同じじゃないか。「ああ、俺はまだ時代についていけてるぞ」と胸を撫で下ろしたのだった。それにしても、DVDレコーダー面白い。「ちょっと今日見られないから」と予約録画しても、録画した分だけテープが劣化したりしないのだから、いい。テープもかさばらないし、画質もものすごくいい。昨日はそれが面白くて、録画したり削除したりしながらずっと遊んでいた。

 チーちゃんも、コウさんにお願いして買ってもらって下さい。


 
 九月十六日(木)
 PS2が余っているんですが、誰か欲しい人いますか? 安価でお譲りします。ただし、DVDの機能が使えなくなってます(ゲームは問題ありません)。ご希望の方は、メールアドレスと希望価格を書いてお送りくださいませ。


 
 九月十五日(水)
「あたしのこと、大事にしてくれますか?」というあややのCMが流れるたび、「するする、するから!」と、ついつい答えてしまう。


 
 九月十四日(火)
 佐々木彩子ライブ、楽しく終了できた。よかった。前日の夜「誰か呼べないかしら」と思いながら、中学校の卒業生名簿をパラパラとめくりつつ、気づけば頭から三周。ひとりも声をかける相手は見つからず、「俺、昔っから友だち少なかったのか」と、改めて認識する。高校時代も、友だちと呼べるような友だちはひとりしかおらず(と公言しても差し支えがないほどにいなかった)、彼とは今でも友だちだが、その佐々木君とはもう三年くらい音信不通。新宿南口のファーストキッチンの前にある交差点で、酔っぱらって抱擁を交わし、お互いの顔に一発ずつパンチを交わして以来である。どこでどうしていることやら。と書いたところで、前回の日記にも「友だちいない」と書いてあることに気づいた。ほんとにすごく実感したんだな。でも、東京には最近、友だち増えてます。

 そういえば、ライブで中学生時代の担任の先生と会った。僕が十三歳、彼が二十三歳の頃に出会い、今は僕が三十歳で、彼が四十歳。でも彼は昔とまったく変わらないように思えた。当時の思い出話や、最近の話などをする。残念ながら、僕のほうが慌ただしくしていたためにそれほどゆっくりはお話できなかったけど、また今度帰省した際には、必ず連絡を取ろう。母親が「しかし、受験の時期に家庭裁判所から連絡が来たときには驚かれたでしょう?」などと大声で訊くものだから、当事者の僕はとてもハラハラさせられた。当時、周囲の反対を押し切って彼が僕をある高校に推薦してくれたのに、その矢先に事件が明るみに出て送検されたという、思い出深いエピソードだ。

 実家のキッチンでなにか用事を済ませてリビングに戻ろうとすると、頭が自然と、五月末に死んだ猫を撫でに行こうとする。なんとも寂しいものだ。父にそのことを話したら「桜の下に埋まってるよ」と言われた。ひどい人だ。


 
 九月十二日(日)
 明日は、いよいよ佐々木彩子ライブ。もう一度お知らせしておこう。時間は午後七時からで、場所は、東武東上線高坂駅(池袋から五十分くらい)、西口より鳩山ニュータウン方面のバスに乗り、子供動物公園前下車、徒歩一分のところにある、イタリアン・レストラン『PACE(パーチェ)』にて。ちなみに開場は午後六時半。平日のうえにちょっと遠いけど、面白いライブになると思うので、ご近所の方がいらしたら、ぜひどうぞ。軽食とワンドリンクつきで、2500円です。リーズナブル!

 しかし、改めて驚いたのが、地元での友人のすくなさ。「誰か呼べないかしら」と名簿を引っぱり出してみても、今さら連絡の取れる人など誰ひとりいないという有様。でも、中学校のときの担任の先生は来てくれそう。久々に電話で話したのだけど、当時は新卒で、僕たちが初めての受け持ちだった彼も、今や四十歳。「でも、お前も三十だろ?」などと言われ、ふたりで笑う。明日、ゆっくり話す時間があればいいのだけど……。

 今日は、久しぶりにコウさんに会った。最近、彼が八王子でカフェを開いていることを知ったが、今日はたまたま、近くまで来ていたのだ。なんでも、奥さんのご実家が近いのだとかで、ホント偶然。会うのは実に六年ぶりか七年振りなのだけどまったく変わっておらず、すごくよかった。楽しかった。今度、カフェにも遊びに行きます。つーかコウさんの奥さん、ビリヤードの話が多くてすいません。以後気をつけます。それか、ビリヤードはじめてください。そうすれば分かるんで。娘のチーちゃんは、八年後くらいにいろいろ話がありますので、そのつもりで!

 田舎は本当に、虫の声が素敵だ。


 
 九月十一日(土)
 金曜。次の仕事の打ち合わせが入り、恵比寿の某出版社へ。今度は、去年の『トレジャー・プラネット』同様、ノベライズのお仕事。とはいえ、前回のように映像が出来上がっているわけではなく、ほぼ脚本オンリーなので、難しそうだ。がんばろう。なんと今回のお仕事相手の方は、このサイトを読んでくださっているのだとか。ますます「今日は遊びに行った」などとは書けなくなってしまった。これまた面白い仕事なので、詳細が報告できるようになり次第、ここでも報告します。今回は初めて、取材旅行など行ってみるかも。

 打ち合わせが終わってからいったん帰宅し、一時間ほど仕事をしてから、今度はポプラ社1Fのイタリアン・レストランにて開かれる『Good Luck』著者来日記念パーティへ。仕事でスーツなんて着たの、どれくらい振りだ? 表紙のカバーになぞらえて緑のスーツと、黒い騎士になぞらえて黒いワイシャツを選んでみた。ものすごく怪しくなった。
 来日されたのは、著者のうちのひとり、アレックス・ロビラ氏とご夫人。アレックス氏はとてもすばらしい人だった。本の感想などをシェアし、作品についていろいろ話をした。おいしいワインとシャンパン。料理もとてもおいしかった。みんな笑ってて、すごくリラックスできた。よかった。

 八時半にパーティが終わってから、兄と徒歩で歌舞伎町方面へと向かい、スヌーカーをやる。ほろ酔いだからか、いつもにも増して全然入らず。しかし、やはり面白い。そういえば十二日は、スヌーカーの試合を観戦しにいく予定になっている。翌日に大きな用事が入っているから、ちょっとどうなるかまだ分からないが……。
 その後、電車で下北沢へと流れ『輪廻』へ。ロングアイランド・アイスティには、実はアイスティは入っていないと知らされ、けっこう驚いた。へぇ〜。でも美味しかった。
 朝三時過ぎくらいまで下北沢で飲んでから、タクシーで帰宅。いつもはマンションの前まで乗るんだけど、なんとなく駅の傍で降りた。外を見ていたら夜がすごく気持ち良さそうだった。透明な夜を、今日だけでも自分のものにしたくなる。誰もいない商店街を抜け、ふらふらと歩く。ひとりになると、なにもかも元に戻る。この心地よさは、なにものにも代え難い。賑やかなのも楽しいが、賑やかにしていられるのは、ひとりになれると分かっているからだ。

 ニューヨークのテロから丸三年。今日は実家へと帰省する。


 
 九月九日(木)
 七月末に取材を受けたムック『新・あなたも出版翻訳家になれる』(イカロス出版)の見本誌が送られてきた。なんと巻頭インタビューに入れていただいたのだが、なんとも立派なムックで、翻訳の偉い人たちがたくさん出てらっしゃり、「な……なんてこと……」と、手に持ったムックを取り落としそうになってしまった。僕のような駆け出しが掲載していただくとは、死ぬほど恐縮だ。しかも写真は「俺、これくらい太ってるよ」と、笑顔で、しかし容赦なく事実を語りかけてくる。ほんと、カンベンしてください……。今日からは体重計の「標準体重」の表示に甘えることなく、しっかり運動します。
 このムック、翻訳界のことが実にうまく書かれているので、翻訳家を志している人でなくても面白いと思う。書店で見かけたら、ぜひとも手に取ってみてください。

 僕の主食といえばカップラーメンなわけだけど、とんこつ系のカップラーメンを買うと、よく袋に入った焼き海苔が二、三枚ついてくる。ラーメンをズルズルとすすり、スープを飲み、「ごちそうさま」と両手を合わせたところで「あ、焼き海苔忘れてた」と、テーブル上に残された手つかずの焼き海苔を発見するのが、僕の日常です。


 
 九月八日(水)
 先日、初めて「最先端のキューで球を撞く」という体験をした。ちょっと借りただけだけど、テクノロジーを体感するのには十分だった。最初に借りたのはブレイクキュー。詳しくない方はご存じないと思うが、ビリヤード(といってもプール限定)には、ブレイクキューとプレイキュー、そしてジャンプキューの三種類が存在する。ブレイクキューはその名の通り、ブレイク(最初に並べられた的球に手球を当てて、的球を散らすこと)専用のキューのことで、プレイキューより重い。プレイキューは、ブレイクしてから通常のプレイ時に使うキューで、もっとも使用頻度が高い。ジャンプキューは使う人と使わない人がいるが、ジャンプショット専用のキューで、普通のキューよりもかなり短く作られている。
 で、ブレイクキューを使わせてもらった話。僕はこれまでブレイクキューを使ったことがなかったので、「どうせそんな大した違いもないんじゃないの?」などと思っていたが、大まちがい。持ち主から「狙い定めたら、軽く振り抜くだけで十分散りますよ」と言われ、その通りにしてみたら、いつも僕が普通のキューを使ってめいっぱいの力加減で撞くよりも綺麗に、パッカーンと散ったのだ。これには驚いた。すごい道具だ。さすがブレイクのためだけのクセに、6万円近くもするだけのことはある。もう、大感動だった。
 次に、プレイキューを借りた。それには、俗に「ハイテクシャフト」と呼ばれるものがついていた(「シャフト」というのは、キューの先半分のこと。後半分を「バット」という)。で、最近はこのハイテクシャフトの開発がものすごく盛んで、狙いがズレにくいシャフトがどんどん普及しているのだ。ほんと、「キューなんて木の棒じゃん」とは思うのだけど、それでもこんなに研究開発の余地があったかと思ってしまうくらい、ハイテクキューはすごい性能だ。普通、手球の右半分を撞くと狙ったよりもちょっと左に出てしまったりして(「見越し」などと呼ぶ)、これが難しいところなのだけど、ハイテクキューだと、「見越し」がほとんど出ない。つまり、手球のどこを撞いてもほぼ狙いどおりに的球に当てることができるのだ。それだけではない。僕のキューにくらべ、押し球や引き球を同じ力加減で撞いても、かかるスピンの強さも質もまったく違う。ねっとりとした良質のスピンがかかり、押せばグイグイ先に進むし、引けばグイグイ戻ってくる。つまり、実力以上に「キュー切れがいい状態」でプレイできるのだ。これまた感動してしまった。
「ジャンプキューも使ってみますか?」と訊かれたが、僕はどちらかというとアンチ・ジャンプショットなので、これはパス。ジャンプショットは、どう考えても面白くない。便利なのは分かるけど。

 というわけで、技術のすごさを堪能させてもらったのだけど、その感動が去ってからは、なんか「あれじゃあつまらないなあ」という気持ちになってしまった。確かに道具に助けられて実力が上がるというありがたみはあるのだけど、やはり、思うように行かないのが、僕にとってビリヤードの面白さなのだ。どこでもドアが発明されたら旅情がなくなってしまうであろうのと同じで、ハイテクキューは、なんかビリヤードの面白みを損なわせているような気がしてしまうのだ。
 プロはどうなんだろうな。ハイテクキューとかを積極的に取り入れたりしているのだろうか。名前は忘れたが、あるアメリカの選手は、試合に行くときにキューを持って行かないという。会場のキュー売場で適当なキューを買い、試合が終わるとサインを入れ、ファンにプレゼントして帰るのだとか。これはカッコいい。エンターテイナーである。ちなみに、スヌーカーのジミー・ホワイト選手はタイランド・マスターズだったかに出場したとき、イギリスの自宅にキューを置き忘れていったらしい。これはエンターテイナーだからではなく、マジボケ。イギリスの友人に頼んで、届けてもらったのだとか。スヌーカーの選手はハイテクキュー云々はあんまり考えていないようで、子供の頃からずっと同じキューを改造しながら使っている人もけっこういるという。

 余談だけど、ビリヤードをやっていて僕がもっとも愉快な瞬間は、店の貸しキューを使って、ハイテクキュー・ユーザーに勝ったときである。性格わるいぞ!


 
 九月七日(火)
 いやはや。十六号が去ったかと思ったら、十八号か。台風もお盛んなことだ。それにしても、すごい風と雨。こんな中、今夜も飲みに行けというのだから、神は残酷である。それにしても最近は立て続けに地震があるわ、浅間山は噴火するわ、台風の上陸は七つ目を迎えるわで、なんだかもう大変。夏の暑さも異常だったし、地球、ぶっ壊れはじめているんじゃないだろうか。かなり心配。この夏は、僕の周囲では調子を崩している人も多いみたいだし……。なにかこれは、関係があるように思えてしまう。偶然にしてはちょっとなあ。
 今日は、僕が大好きな友達ふたりと仙川で飲む。三人で集まるのは今年の一月以来だから、本当に楽しみだ。きっと僕はまた変な酔い方をして、潰れてしまうだろうから、今のうちに書き記しておこう。酒を飲むたびに一度死ぬと思えば、つまりこの雑記は僕の遺書ということになる。でも、酒を飲んでもたいてい死なないから、本当は遺書じゃなくて、ただの雑記よ。おっと、ここで連絡アリ。九時に駅前の『庄や』だそうだ。あと一時間か。それまでがんばって仕事しよう。

 いい加減、毎日毎日ひとりで部屋に閉じこもって仕事をしていては、精神衛生上よくない。とはいえ、そうそう何度も飲みに出ていては、体と財布がもたないし、二日酔いや三日酔いで仕事どころではなくなってしまう。最近、酒にすごく弱いし(かわいいほど)。昔は考えられなかったことだけど、最近は飲みに出ると八割の確率で、帰ってきた記憶がないのに自宅の布団で目が覚める。というわけで、前々から考えていたことではあるのだけど、アルバイトをしてみようと決意。よく考えれば、今みたいに骨の髄からフリーランスでいる必要も、あんまりないのだ。部屋を引っかき回し、サングラスではない普通の眼鏡を見つけだした。
 最初は、居酒屋や焼肉店など、けっこう忙しめの客商売などいいかもと思っていたけど、「でも、絶対向いてないよ」と自分を諫め、考えることしばし。そうこうしているウチに、なんとなく「いいんじゃない?」と思っていた駅前のドラッグストアではバイトが決まってしまった。インターネット・カフェには面接に行ったのだけど「深夜一時から朝の七時まで。その間ひとりです」と言われ、せっかく雇ってもらえそうだったのだけど、断ってしまった。ああ、できればヒマで、時給2000円くらいで、週三日・一日三時間くらいでよくて、ミニスカートを穿いた可愛い女の子がいっぱいいる職場がいいのだけど、そんなものはない。ない知恵をしぼり「塾の講師などいいかも」と思いついた。これならば、時間的拘束も他のバイトに比べて少なそうだし、体力いらないし、能力も役立つ。それに、いろいろなエピソードが拾えそうでもある。というわけで、さっそく応募。塾で教えるのは教歴になるというし、後々のことを考えれば、プラスにもなるはずだ。いい返事が来ますように。


 
 九月六日(月)
 フォームで読者の方に怒られた。そりゃそうだ。一方、同じくフォームで、『Good Luck』を読んでくださった方から、とても嬉しいメッセージを頂いた。ずっと前に、『Good Luck』を購入したが大学院の入試が終わるまで読むのは待ちますというメッセージを送ってくれた方だった。無事に大学院に合格なさったとか。おめでとうございます。

 夕方、八王子の高倉でカフェ(『Roots』というカフェで、セキド電気のすぐ近く)のマスターをしているコウさんと電話。コウさんとは、かれこれ十年以上の付き合いだが、もう七年くらい会っていない。兄が通っていた大学で知り合い、仲良くなり、同じカラオケ屋でバイトをした(ちなみにそのカラオケ屋ではバイト同士が不気味なほど仲良く、今でも、コウさん含めて三人くらいは連絡を取り合っている)。バイク仲間でもあり、音楽仲間でもあった。この間、彼のカフェに行こうと思ったら、目印にしていたチェーンの電気屋がちがう店舗で、おまけに、「カフェどこよ!」と電話してみたら、定休日だった。コウさんは昔っから、「いつかカフェやりてぇなぁ」と話していた。だから、ちょっと前に久しぶりに連絡を取り、「実は俺、カフェ開いちゃった!」と聞いたときは、本当に感動した。一緒に行きたいと思える人がいるのもよかった(結局僕がろくろく確認せず勇み足したせいで、ふたりして炎天下の公園でアクエリアスとか飲むハメになっちゃったけど)。コウさんの娘は、本屋で『Good Luck』を見かけると「シモンさんの本だ!」と喜んでくれるという。まだ会ったことないのに、なんと嬉しい。
 話が弾む。フリー同士、なんだか変なとこでお互い「そうだよなあ!」と意気投合する。こういうツーカーな開放感は、なかなか味わえない。すごい気持ちよさ。かつて意気投合していた仲間と、新しくそういう共通認識が持てるというのは、こんなにも楽しいことか。同じような体験を通した人には、安心して投げ出せる部分があるものだ。しかも、奥さんのご実家がウチの実家から車で二十分とかそんなもんで、僕がかつて夜中に忍び込んだ動物園(コアラ死んだけど)に、家族でよく出かけるそう。今度佐々木彩子さんのライブが行われるレストランも知っていた(ライブは9/13の午後7時から。2,500円で、ステキな音楽と美味しい軽食つきです。ぜひどうぞ)。旧友とは、また新しい友人でもあると、すごく実感した。コウさん、今度会いに行くね。

 夜、明大前の沖縄居酒屋『宮古』にて、兄と、兄の会社の社長であるシモノさんと食事。行きがけに仙川でワインを一本購入。外に出ると、多少体の調子もよくなる。家にずっといると、悪くなる。シモノさんと会うのは久しぶりだと思っていたら、兄と会うのもかなり久しぶりだった。つい最近会ったとばかり思っていたが、それは僕の記憶ちがいだったようだ。三人で会うのなんて一年以上振りのこと。
 ワイン、とても喜んでもらえて嬉しかった。思えば、どんなに祝福の気持ちがあっても「人に贈り物をする」ということを、僕はほとんどしたことがなかった。大学を卒業してから今日にいたるまで、まあ、財布がおおむねすっからかんだったということもあるが、それよりなにより、そういうことをお互いにし合うような場所にいたことがなかったからだ。良い悪いという話ではなく、「気持ちを込めて人に贈り物をする」ということをしない場所もある。僕はずっと、そっち寄りの人間だった。だから、僕の持っていったワインを楽しそうに手に取るふたりの姿に、かなり新鮮な感覚をおぼえてしまった。前にもそんなことがあったのかもしれないが、気持ちとしては初体験に近いことで、なんだか気恥ずかしくなった。そういえば、人に物を贈られるのが、僕はものすごく苦手である。自分の誕生日なども頑なにお祝いをこばみ、付き合っている女の子を困らせたこともあった。人に料理を作ってもらっても、どんな顔で食べていいのか分からない。僕は、気持ちを伝えるのも受け取るのも下手な、がさつな人間だ。最近、それを痛感することが多い。だから人付き合いがあまり得意ではないのだというところまでは、実感としてようやく分かった。これは、齢三十にして言うようなことではないだろうが、僕にとって、かなり大きな一歩であるといえよう。最近、また他の人にもプレゼントをして、そのときも「俺がこんな気持ちになるとは」と驚いたのだが、こういうわけだったか。今日になってようやく理解した。

 歳をとり、若いころに知らず知らず思い切り踏んだひとこぎはその惰性を失い、自転車はもう停止寸前。気づけば、スピードに乗って呑気に過ごしていた時期に、僕は風を切る気持ちよさに目をつぶってばかりで、景色を注意深く観察しようとはしていなかった。そういうツケは、必ず回ってくる。僕はなんとかそれでも自転車を前に進めようと体をゆすったりしてみるが、自転車はただふらつくばかりで、たまにちょっとした下り坂に偶然出会って胸を撫で下ろすことがあったとしても、そんなものは、ただの気休めにしか過ぎないのだ。僕はついに自転車を降りることになり、路傍の切り株に腰かけて頭を抱えて座り込み、ため息をつき、首を横に振り、「俺の自転車はどうしてしまったんだ」と顔を上げ、愛車に目をやる。
「なんだ。よく見ればペダルがついてるじゃないのよ」
 当たり前のことに今さら気づき、僕は、自分の馬鹿さ加減にあきれ果て、恥ずかしくなり、すっかり具合を悪くする。
 今日は、読者の方から届いた二通のフォームも、コウさんと電話したことも、兄とシモノさんと明大前で会ったことも、なにもかも、とてもよかった。みなさんありがとう。まったく僕は、馬鹿者です。


 
 九月五日(日)
 人の言動に左右されない、大らかな心さえ持つことができたら。数日前、電車の中でスポーツ新聞のエロ記事が僕の目の前になるように新聞を広げていたサラリーマンに、「そんなもん見せないでもらえます?」と言ってしまったことを、ずっと後悔している。確かに胸の悪くなるような紙面ではあったが、あんなこと、言うべきではなかった。彼はただ、新聞を読んでいただけなのだ。


 
 九月五日(日)
 俳優で誰が好きかと訊かれたら、迷わず「ヘクター・エリゾンド」と答えます。渋いです。ヘクター・エリゾンド。ギターうまいし。でも、ニコラス・ケイジも好き。


 
 九月三日(金)
 夜八時に、『Good Luck』のデザイナー、長坂勇司さんと下北沢で待ち合わせて、食事。六月にポプラ社で初対面してからずっと「一緒に飲みましょう」と言いつつほとんど三ヶ月、ようやく実現した。焼き肉を食べながらあれこれ話をしているところに、チカコちゃんが合流。三人で一緒に『輪廻』に流れて、深夜一時まで。途中からすこしだけ、久々に会う友だちユキさんが恋人持参で合流。会えて嬉しかった。とはいえ、彼女とはもうかれこれ四年来の知り合いなのに、会うのはせいぜい四回目くらいなのだ。


 
 九月二日(木)
「ターザンて、あんな格好でいたら蚊に刺されて変な病気になると思うのよ」と、何年だか前にウチの母が言ったのを、最近やたらと思い出す。言われてみれば、確かにそのとおりである。牛とか、蚊に追われて気が狂うまで逃げるって言うほどだものな。


 
 九月一日(水)
 日々お見舞いのメッセージをくださるみなさん、ありがとう。もう、ほとんど体調は回復しました。まだちょっと微熱が続いてるけど、前に比べれば頭もしっかりしてるし、36℃代だし、大丈夫。なんか、すごく昔から読んでくださってる方々からもメールをいただき、感涙でした。やっててよかったウェブサイト。

 お気づきの方も多いと思いますが、フォームに名前欄がつきました。個人的に、せめてなんか名前入れてもらったほうが、いろいろ便利でありがたいです。匿名なりの面白さは確かにあるけど、できるだけ、適当でもいいので名前入れてください。

 つーか、実家の近所の動物園にいたコアラ、一頭死んじゃったのね……
■国内2番目の高齢コアラ逝く