2001 04 05 06 08 09 12

留学記  バース編
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会社名などは敬称略で。
 一月三十日(日)
 高田馬場にて開催された、明川哲也さん俵万智さんらの朗読会へ(あとひと方ご出演されていたのだけど、お名前を失念してしまいました)。これは明川さんが、新潟への義援金を募るために開催したもの。
「高田馬場に行くならついでに」と、不動産屋さんに寄って新居の鍵を貰う。引っ越しは二月の後半くらいになってしまいそう。準備はまったくしておらず。頭が痛い。
 朗読会の会場は、ものすごい大盛況。寒空の下、店内に入りきらなかった人々が溢れかえっているのが、店に近づくにつれて見えてきた。幸い僕はひとりでフットワークも軽かったので、その隙間を縫うようにして店内へ。明川さんに挨拶し、ドキドキしながら俵さんに紹介していただく。とても可愛らしい方。彼女の背中側に立ってビールを飲みながら、明川さんの詩の朗読を聴く。
 明川さんと知り合ったのは去年の夏のことだけど、一方的に知ったのは、高校生の頃のことだった。テレビで『叫ぶ詩人の会』を見て一発でファンになった(当時はドリアン助川さんという名前だった)。ビデオに録画していたので何回も観たのだが、今はもう内容は憶えていない。とにかくものすごい存在感だったことだけは憶えていて、昨年七月末、待ち合わせ場所に彼が歩いてくるのが見えたときは、声をかけられるまでなんとか気づかない振りをしていようと必死だった。結局、僕から声をかけた。
 ともあれ、テレビ以外で明川さんの詩の朗読を聴くのは初めてのこと。ここしばらく低調を極めている僕の精神には、きっといいに違いない。そう思いながら、両手を腰にあてて詩を朗読する明川さんの姿を眺めていた。かっこよかった。
 俵さんを知ったのは、明川さんを知るよりもちょっと早く、たぶん僕が中学生の頃のことだったはず。『サラダ記念日』で彼女が第32回現代歌人協会賞を受賞されたときに、僕も読んだのが最初だった。まあ、ありがちな話だ。うちでは両親が短歌を詠むので、僕と兄も小学生くらいの頃から詠まされていた。今はもうすっかり離れてしまったが、またこっそりやってみようかしらなどと思いつつ、朗読を聴いた。かつて彼女が早稲田の学生だった頃にバイトでやっていたという駅の構内アナウンスを再現してくださったのが、面白かった。今日は『プーさんの鼻』という連作がとてもすばらしく、胸に響いた。たぶん、花子(僕の姪です)が生まれたからだろうか、とても実感できた。

 実は僕も、去年の暮れくらいから朗読に興味を持っている。僕は自意識過剰で不器用な性格で、人前に出るとついつい心のどこかが過剰になってしまうため向いていないかもしれないが、それでも、ちょっとやってみたい。そんなわけで、最近では二年ぶりくらいにぼちぼち詩を書き始めている。詩は、面白い。シェイプアップすればするほど全体が引き締まる(当たり前か)。それは散文でも詩でも同じなのだけど、詩のほうが顕著に結果が見えるし、ダイレクトな感じがして好きだ。
 いい詩を書こうと思えば思うほど、表現はどんどんありきたりになる。表現を飾りたくなったときは、自分が無知である場合や、自信がない場合や、そもそも才能がない場合だ。ざっと書いたものをプリントアウトし、形容詞に赤ペンで印をつけながら「さて、ここをどう言い換えようか」と考えているときが、とても好きだ。
 こうして、何行も何行も書けるというのは、嬉しい。今日の朗読会には、本当に感謝だ。

 美しいのは、
 飾った詩ではなく、
 裸の詩だ。

 美しいのは、
 着飾った女ではなく、
 裸の女だ。

 偽物の詩には
 引っかからないが、
 偽物の女には
 たびたび引っかかる。


 一月二十九日(土)
 今度引っ越すことになっている高田馬場のマンションには、日当たりがない。真南を向いてはいるのだけど一階で、すぐ隣にまた別のマンションが立っているのだ。内見に行ったとき、まだ電気が通っていなかったので、不動産屋さんは苦笑いしながら懐中電灯を用意していた。部屋は気に入ったのだけど、日当たりは気になった。でも、よくよく考えてみたら僕は日当たりなんてまったく気にしないので、そこに決めた。今住んでいるところも真南を向いており、カーテンを開けるとズバっと日光が入ってくるのだが、ここに住んで三年、カーテンを開放して日中を過ごしたことは、一度たりともない。それどころか、カーテンの上から陽光が入ってくるので、要らなくなったバスタオルを敷き詰めて目張りをしているくらいである。どうも、日光が入ってくると生活しづらい。今度のマンションは、僕には打ってつけだろう。
 とはいえ、日光が嫌いなわけではない。よく晴れた午後にぶらぶらと散歩をしたり、公園のベンチに腰掛けてぼんやりしたりしているのは好きだ。ただ、部屋の中に日光が入ってくると、テレビやパソコンの画面が見づらくなってしまうから、あんまり好きじゃないだけだ。それにカーテンを開けていると誰かに見られているような気がしてまったく落ち着かない。洗濯物を外に干すのもなんだか嫌で、僕は『部屋干しトップ』を愛用している。自意識過剰なのだ。
 よく、洗濯物を語るときに「お日さまの匂い」という言葉が使われる。あんまり好きな言葉ではない。なんだか安っぽい。僕は極度の不精者なので、洗い立てのTシャツの気持ちよさとかが分からない。「臭ってなければいいや」くらいだ。一回脱いだTシャツも、3日くらい経つと、なんだかきれいになっているような気がして、また着てしまう。
 ただ、「まだ着るものがあるのに洗っていないものを再び着る」のと「もう他にないから洗ってないものを再び着る」のはまったく別のことだ。僕は、ギリギリまで洗濯をしない人間なので、ごくごくたまに後者になってしまうのだが、このときばかりは、一度脱いだものにまた袖を通すのが、嫌でたまらない。すぐに洗濯し、すぐにエアコンの前に吊し、生乾きでもいいから新しいものに着替える。そういう話を人にすると、「えー」と顔をしかめられたりするのだけど、言わない限りまず気づかれることはないので、つまり、僕のようなスタイルでも問題ないのだろうと思っている。

 ところで、NHKの会長が辞任したけど、なんだかね。「こうすりゃ納得するんでしょ?」みたいな感じで、非常に不愉快な結末となった。


 一月二十七日(木)
 頭の中に、生ぬるくドロっとした何かの塊を詰め込まれたような気持ちだ。思考はナメクジのようにあっちにくねり、こっちにくねり、ノロノロとしか進まず、途中で間違っていることに気づいても、方向を直すのに、またイライラするほど時間がかかる。俊敏さがまるでない。鏡に向かい、仮面ライダーV3の変身ポーズを取ってみる。どうもキレがないように感じる。やれやれ、椅子に座ろうか。こんなでも、進めない限り物事は進んではくれない。ああ、本当に変身できればいいのに。ちなみにV3って赤と白と緑でデザインされているけど、あれ、幼稚園児が使うクレヨンの色を見て、頻度の高いほうから選んだのだそう。なるほど。
 こないだ、早川義夫さんの『たましいの場所』というエッセイ集を買った。持ち歩いて読んでいるのだけど、とてもいいので、オススメです。「僕はいまだに、ズボンをパンツとは言えない」と書かれていた数ページ後に「いつもは、白もしくは紺か黒のワイシャツと濃紺のパンツとジャケットなのだが」と書かれていたので、電車の中で笑ってしまった。


 一月二十六日(水)
 右手をぎゅっと握りしめ、「この右手を握りしめたのが俺だということを、どうやって証明すればいいのか」と考える。握りしめた拳が、やたらと遠くに見える。今日は雪になるのだそうだ。外に出るのはやめにしておこう。


 一月二十五日(火)
 一週間くらい前から復活していた二郎に行ってきた。二郎とは、ラーメン屋である。前の店主が亡くなり、半年くらい店を閉めていただろうか。新しい店主は、若い二人組だった。驚いたのは、ほとんど味が変わっていなかったこと。多少はそりゃあ変わっていたけれど、前の店主がレシピでも残していたのかというくらいには似ている。ただし、豚肉は前よりおいしく柔らかくなっていた。この味を復活させた若い新店主たちの努力と苦労を思いながら感動しつつスープまで飲み、店を出てきた。あの一角に行列ができている風景も、なんだか懐かしい。

 どうしても仕事をしなくてはならないのに、どうしても眠い。そういうときは、テレビをつけっぱなしにして、コタツで寝る。今日は三時間くらい寝たが、途中で三回ほど目が覚めた。三回とも、吉川晃司の『恋を止めないで』が流れる缶コーヒーのCMだった。無性にCOMPLEXが聴きたい。中学生のころ、けっこう好きだった。一時になったら、朝まで仕事をしよう。思うようにペースがあがらず苦戦中。


 一月二十四日(月)
 今日はひとつ、ためになる話。

 ほとんどの人が「もしもし」と電話に出ると思う。ずっと昔、どうも「もしもし」という言葉が気に入らず、「はい、田内です」と電話に出るようにしていたのだが、電話をこちらからかけるときは、つい「もしもし、田内です」と言ってしまっていた。すぐに「あ!」と思うのだが、かけるときは、他の言葉が見つからないのだ。
 しかし、この「もしもし」という言葉、なんだろうか? とか、意味を考えてみたことがある人は、きっといるはず。この言葉、今でこそ電話でしかほとんど使われないが、昭和の前期には普通に語りかけの挨拶言葉として使われていた。「もしもし、煙草をフィルターのほうから吸ってますよ」とか、そんな感じだ。意味は「申し上げます、申し上げます」で、それが省略されたのだ。時代劇などで「もし」と呼びかけるシーンを見かけるが、あれも「申し上げます」と呼びかけているのである。たぶん、この言葉が普通に使われていたころに、電話が広く普及したのだろう。そして、電話の挨拶としてだけ残り、一般的な挨拶語からは、姿を消していったのだと考えられる。
 たぶん、自分がそんな昔の挨拶を毎日のようにしていたとは思ってなかった人も多いはず。今日からは、ちょっと昔の人の気持ちで「もしもし」と挨拶しよう。


 一月二十二日(土)
 次の翻訳を進めたり、いろいろと荷物を整理したりで、自宅から外に出ずに過ごす。イギリスで最後に迎えた冬のあたりから頭にかかっているもやのようなものは、年を追うごとに濃く立ちこめてくる。最近では、本当に単純なことをどうしていいのかわからず、狼狽える。

 最近、ずっと治療を先に延ばし続けてきた歯をしっかり治そうと、歯医者に通っている。先生は「じゃあ、悪いところはぜんぶ治そう。しばらく通ってもらうよ」と、遠大なる治療プランを練ってくれた。僕としては、ある程度大丈夫だったらいいのだが、プロの人に「こうしたほうがいいよ」と言われると、「じゃあそうしたほうがいいのだろう」とついつい思ってしまう。これはたぶん、ただネットをやるためだけにパソコンを買いに行ったのに、映画の一本でも作れそうな、ものすごく高性能で高価な物を買わされてしまうパソコン初心者と同じことなのだろう。でも、それが自分の体のこととなると、「いや、そうかもしれないが、万が一のこともある」と、つい鵜呑みにしてしまうのである。おそらく、向こう数ヶ月は歯医者通いが続くだろう。八本くらい、徹底的に治すらしい。金額を聞いてちょっと驚いたが、自分の体のことである。これから何十年と生きていくのだろうから別にいいかと首を縦に振った。


 一月二十日(木)
 PHP研究所より、『頭のいい人の片づけ方』が発売になりました。これを読んで、みんなで片づけよう。

 引っ越しに向けて荷物の整理をしなくてはいけないのだけど、いざ部屋を見回してみると、どこをどう整理すればいいのか、まったく分からない。僕は、片づけが異様に苦手なのである。それと同様に、あらゆる事務処理も苦手で、マス目の入った書類を見るだけで、頭がパニックを起こしてしまうほどだ。この間は、電話代の請求書を見るのが嫌で(電話代を知るのが怖いのではなく、単純に、その手の書類が苦手なのだ)放っておいている間に、電話の権利を取り上げられるという結果になってしまい、これはさすがに反省した。

 歳を取り、なにかができるようになってくるにつれて、他の様々なことが、どんどんできなくなってゆく。


 一月十七日(月)
 今夜から、僕の住むマンションの前で道路工事が始まった。それもどういうわけか、夜十一時過ぎからうるさくなってきて、今は深夜一時なのだけど、ガリガリとドリルかなにかで道路を掘る音が聞こえてきている。こんな時間に工事するほうも悪いが、こんな時間に彼らに工事を依頼した人は、なにを考えているのか。しかし、うるさいなあ。
 ちなみに、今月いっぱいで僕は仙川を引っ越すことになった。来月からは、高田馬場である。高田馬場在住の方、よろしく。


 一月十四日(金)
 ようやくADSL回線復活。すばらしい。ついでに、ちょっと速いサービスにステップアップしておいた。いやいや、常時接続って便利。

 今日は桑田君と一緒に川崎のクラブチッタに、明川哲也さん主催の新潟義援金ライブを見に行ってきた。クラブチッタなんて、大学生のときにクワイア・ボーイズのライブで行って以来だ。ちなみに今日のライブには早川義夫さんも出演されていた。相変わらずカッコいいステージだった。今日は、サングラスではなく普通の眼鏡だった。後で訊いてみたら、最近はそうなのだそう。
 複数アーティストによるジョイントライブだったのだけど、最後に登場したのは、電撃ネットワーク。生で見るのは初めてだったのだけど、もう最高だった。めちゃくちゃおもろい。お近くで電撃ネットワークのライブがあったら、ぜひぜひ行ってみることをオススメしておきます。

 ライブ終了後は新宿に流れ、朝まで飲む。僕は四時半くらいに限界を迎えて先に失礼し、すぐ見つかったタクシーの後部座席に気を失うように崩れ落ちながら仙川へ帰宅。タフな一日だった。


 一月十一日(火)
 まだまだ回線の復活はならず。十四日にならないとダメみたい。ボタンひとつでなんでもできる時代だとばかり思っていたけど、こういうことは面倒なのね。で、復活するかと思ったら、来月は引っ越しをしなくてはいけないので、また当分不便になる予感。どうにかならないものか。トホホ。


 一月六日(木)
 携帯の電池がすぐに切れてしまうので、機種変更を決意。まあ、もうかれこれ一年半くらい使ってるわけだし、そろそろいいだろう。というわけで、今回は D253iMW 、俗称「ミュージックポーター」をチョイス。これ、ポータブル・ミュージックプレイヤーとしても使えるらしい。すぐ飽きそうだけど、いじってみたいぞ。というわけで、ウキウキと機種変更を済ませて自宅に戻ってきたのだけど、おい、マックは使えないのかよ。それじゃあただの電話じゃないか。というわけで、せっかくの機能を指をくわえてうらやましがっています。


 一月三日(月)
 遅ればせながら、明けましておめでとうございます。大晦日に車で買い物に出て、雪道で前の自動車に当たってしまいました。さんざんな年の瀬を終えて年始を迎えるも、仕事と事後処理に追われてのんびりもできず。そんな正月を過ごしております。ちなみにADSL環境はまだ明後日くらいにならないと復活せず。ネットも不便なまま。なんか惨めな気分です。トホホ。