一月二十九日(土)
今度引っ越すことになっている高田馬場のマンションには、日当たりがない。真南を向いてはいるのだけど一階で、すぐ隣にまた別のマンションが立っているのだ。内見に行ったとき、まだ電気が通っていなかったので、不動産屋さんは苦笑いしながら懐中電灯を用意していた。部屋は気に入ったのだけど、日当たりは気になった。でも、よくよく考えてみたら僕は日当たりなんてまったく気にしないので、そこに決めた。今住んでいるところも真南を向いており、カーテンを開けるとズバっと日光が入ってくるのだが、ここに住んで三年、カーテンを開放して日中を過ごしたことは、一度たりともない。それどころか、カーテンの上から陽光が入ってくるので、要らなくなったバスタオルを敷き詰めて目張りをしているくらいである。どうも、日光が入ってくると生活しづらい。今度のマンションは、僕には打ってつけだろう。
とはいえ、日光が嫌いなわけではない。よく晴れた午後にぶらぶらと散歩をしたり、公園のベンチに腰掛けてぼんやりしたりしているのは好きだ。ただ、部屋の中に日光が入ってくると、テレビやパソコンの画面が見づらくなってしまうから、あんまり好きじゃないだけだ。それにカーテンを開けていると誰かに見られているような気がしてまったく落ち着かない。洗濯物を外に干すのもなんだか嫌で、僕は『部屋干しトップ』を愛用している。自意識過剰なのだ。
よく、洗濯物を語るときに「お日さまの匂い」という言葉が使われる。あんまり好きな言葉ではない。なんだか安っぽい。僕は極度の不精者なので、洗い立てのTシャツの気持ちよさとかが分からない。「臭ってなければいいや」くらいだ。一回脱いだTシャツも、3日くらい経つと、なんだかきれいになっているような気がして、また着てしまう。
ただ、「まだ着るものがあるのに洗っていないものを再び着る」のと「もう他にないから洗ってないものを再び着る」のはまったく別のことだ。僕は、ギリギリまで洗濯をしない人間なので、ごくごくたまに後者になってしまうのだが、このときばかりは、一度脱いだものにまた袖を通すのが、嫌でたまらない。すぐに洗濯し、すぐにエアコンの前に吊し、生乾きでもいいから新しいものに着替える。そういう話を人にすると、「えー」と顔をしかめられたりするのだけど、言わない限りまず気づかれることはないので、つまり、僕のようなスタイルでも問題ないのだろうと思っている。
ところで、NHKの会長が辞任したけど、なんだかね。「こうすりゃ納得するんでしょ?」みたいな感じで、非常に不愉快な結末となった。
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