三月二十八日(月)
「その気持ち、分かるなあ」と思った日は、なんだか自分が傲慢になったような気がして、気分がよくない。ほんと些細なことであればいいのだけど、人が深刻に悩んでいることや、ずっと抱えていることに関しては、「分かる」などと言ってはいけないものだと僕は思っている。経験は人それぞれ違うし、その経験をした結果どう感じるのかは、その人の過去による。そう簡単に、分かるものではない。ときとして、「分かる」「分かりたい」という気持ちが人を傷つけることもある。分かってもらうよりも、ただ「そうなんだ」と知って傍にいてほしいときが人にはあるのだと思っている。
僕には、人のことなどなにも分からない。ただ目の前にいる彼もしくは彼女の言動を見聞きし「ああ、そうなんだ」と思うだけだ。胸の中であれこれ推量したりすることはあっても、断定はしたくない。過去はどんなものであれ人にとって大事なものだし、自分と出会う前の過去に対してはまったく第三者である自分が、そこに自ら介入してはいけないのだと感じる。
でも、そういうこととはまったく別に、男性でも女性でも、人を好きになるときにはなにか感じるものがあって好きになる。あれこれ理由を考えることもあるけど、それはまったく意味がないことだと思っているから、口には出したくない。なにか目には見えない魅力を感じるから、人は人を好きになるのだ。なぜ好きかなど、説明のしようがない。
理解とは、推量することではなく、実感を共にすることだ。人と人とが関係を深めていくには、過去を打ち明けあっていくよりも、同じ時間を過ごすことのほうが遙かに大事だ。自分から話す自分の過去というものには、いつだって無意識的な嘘が混ざる。もちろんそれは、その人が過去をどう受け止めているかを知る上ではいつだって興味深く意義のあることではあるのだけど、そもそもその過去の結果は、常に目の前にいる相手であり、彼/彼女を取り巻く空気感であり、言動なのだ。それが好きなのであれば、それがすべて。それが嫌なのであれば、それがすべて。
高田馬場のごみ収集はユルユルとしすぎだと思いません? 忙しいときとか急いでるときは別として(コラ(笑))
明らかに緩すぎですよねー。でもまあ、そのくらい気楽なほうが、逆にしっかりやるってものです。
イギリス在住です。勿論ドナー登録拒否られました。なんで、最近まで我慢してた牛肉もとうとう食べちゃいました。
僕がイギリスにいたころは、まさに狂牛病問題がいちばん盛んな頃だったのですが、ロンドンなんかいくと『アンガス・ステーキハウス』は、もう開店休業状態でしたよ。なんか、可哀想なくらい。僕は「こんな時期だからこそ逆に安心なのでは」などと思い、たまに食べてました。
OSXよくないのですか。仕事周りの人々がテンテンテンテン言うので焦っていたのですが。
好き嫌いはあるでしょうから一概に「まったくダメよ」とは言いませんが、OS9のほうが明らかに使い勝手がいいように感じます。まあ、物は試し。ぜひいちどお試しあれ。個人的には、アイコンの配列感覚が広すぎるのがかなり気に入りません。あっと言う間に、デスクトップがいっぱいになっちゃう。あと、動作がなんとなく鈍いのもやだ。余計なフォルダアクションとか多すぎて、最初は「うおー、かっこいい」とか思っていても、慣れるとイライラしてきます。
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