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 七月三十一日(日)
 長かったタイ遠征も、今日で終了。現在、中国人選手同士による決勝戦が行われているところ。五人居たタイ代表はすべて敗退してしまった。たぶん、タイ協会はこれからちょっと大変だ。日本協会も大変だけど、いろいろと。

 夜の八時くらいに決勝が終わり、優勝はジンロン選手。中国選手同士の決勝になったためか、観客は思ったより少な目。それでもテレビカメラが4台入っての生中継マッチは独特の雰囲気があって面白かった。この辺は、帰国してからゆっくりレポートします。

 さてさて、あと三時間くらいでいよいよ帰国の途につく。今はスーツケースに荷物を詰め終わって、のんびりとしているところ。徹夜での帰国も厳しいから、ちょっとくらい仮眠を取っておこうかな。ほとんど十日間の相部屋ホテル暮らしでなかなか疲れた。やはり、普段は自分用にいろんなものが配置された部屋でひとりだから、両方とも違う条件になると、けっこうしんどいな。明日は帰宅したら特になにもせず、のんびりと美味しいものでも食べて過ごすとしよう。

 それでは、明日はまた日本から書きます!


 七月三十日(土)
 いよいよトーナメントも佳境。今日は準決勝が行われます。さっきまで、ジンロン選手とパキスタンの選手の試合を観ていたのだけど、ちょっと長くなりそうだったので、一旦部屋に戻ってきています。というのは、このあと行われる試合が僕たちには本命なので。

 などと言っている間に、大変なことが。今これを書いているiBookの液晶が割れてしまいました。とはいえ、ものを書いたりする分にはそれほど差し支えがあるわけじゃないのだけど、こりゃーダメだ。保険入ってきて本当によかった。帰国したら直してもらおうっと。

 今日はちなみに試合が始まる前に、ようやく観光らしい観光ができた。エメラルド仏寺院。ものすごくよかった。すごく単純だけど、そうとしか言いようがないかも。特に、エメラルド仏と、外の壁一面に描かれている壮大な絵巻物語が最高だった。時間があったら、もっとゆっくり座ってきたかった。しかし、一歩寺院を出れば、そこは戦場。わらわらと砂糖に群がる蟻の大群のように集まってくる土産物売りたちは、本当にものすごい。福田さんや桑田君たちがハーゲンダッツでシェイクを頼んでいる間外で待っていたのだけど、たぶん、100人くらい追い払った。


 七月二十九日(金)
 今日は、JSA(Japan Snooker Association)の事務局長の前田さん、日本ビリヤード協会の専務理事の西尾さん、福田さん、桑田君と一緒に会食。こちらで知り合った現地在住スヌーカーファンのノボルさんも一緒に、ホテルのレストランで豪華な食事を頂く。とても美味しい食事に舌鼓を打ちながら、日本のスヌーカーの未来を語り合う。非常に有意義な時間。

 で、今日から選手権は予選を通過したベスト16が出そろい、決勝トーナメントが始まった。僕が応援していたタイのナット君は、残念ながら中国の金龍(ジンロン)選手に、センチュリーブレイクを出しながらも負け。残念。ホテルの階段のところで落ち込んでいた。

 それにしても、今日のタイは本当に暑かった! タイはどこに行っても異常に冷房が効いているのだけど、今日にしてようやくその理由が分かった。効かしてないとダメだわ、やっぱ。


 七月二十八日(木)
 予選の全日程を終了いたしました。日本勢は、福田選手0勝4敗、桑田選手1勝4敗(ドラゴンのほうが一試合少なかった)で、残念ながら両名ともに予選通過を果たせませんでした。でも、これはベストを尽くせなかったということではなく、日本のスヌーカーがまだまだそのレベルに達していないということ。僕も愛用しているキュー、Snooker Musashiについても、今回の遠征でかなり課題を見つけることができました。こういう経験を活かしながら、いつか選手もキューもコーチもすべて日本産という純日本チームを結成できる日が来ますように(まあ、今もそうだけど、熟練度という意味で)。

 結果を数字だけで見ると惨憺たる結果に見えないこともないけど、内容的には、かなりがんばりました。桑田君は2003年の世界チャンピオンを苦しめることができたし、福田さんは試合での自己ベストとなる69点ブレイクを達成。他国の選手たちとの壁を感じる中で、これまでにはなしえなかったようなことをガツンとやってのけたのも事実です。この経験をふまえて、今後どうしていくか。日本のスヌーカーは、まだまだこれから発展しますよ!

 今日はバンコクで買い物や観光。明日からはいよいよ決勝トーナメントが始まるので、なんだかんだでまたホテルから出ずに試合観戦です。もう少しでタイ遠征も終わるな。なんか寂しい。


 七月二十七日(水)
 いえーい! 桑田君、カタールの選手相手にファイナル・フレーム圧勝! すんげー落ち着いてプレイする桑田君とは対照的に、ぶち切れの相手はテーブルを殴りながらのプレイ。その時点で、もう勝ちを確信する福田豊。後半、桑田君が怒濤のハーフ・センチュリー(50点以上のブレイク)。勝ち切ってからも取りきればかなり高得点のブレイクが期待できたものの、隣では福田さんが「俺のブレイクは抜くな」と祈りを込めていた。その祈りが通じてか、レール際のレッドが抜けて終了。その時点で試合も終了。でも勝ち。やった! とりあえず一勝。まだまだこれから!

 ちなみにタイでは、僕が桑田君には勝ち越してます。←自慢


 七月二十七日(水)
「ようやく、ネットが使えます」なんて書いておきながら、今日までいろいろあって繋がりませんでした。ようやく繋がるよ。イエーイ。

 今のところ、日本チームは福田さん桑田君ともに全敗という状況。今日は朝十時から桑田君の第三試合があり、4フレーム先取りで3−3という状況のまま、インターバルに突入。初勝利をかけて、後ほどディサイダー(これ取ったほうが勝ちというフレーム)に臨みます。相手はかなり強いけど、流れ次第では勝利をモノにできそうな雰囲気。昨日は福田さんが69点ブレイクを出したものの、どうも流れに乗り切れず4−2敗北。今日は彼の最後の試合があるのだけど、この一戦に期待ですね。
 なお、福田桑田両選手への応援メッセージ受け付けてます。桑君は同室、福田さんもすぐ近くの部屋にいるので、すぐにお伝えしますよ。

 タイでの暮らしだけど、毎日試合があるので観光に出られず、ホテルで過ごし続けています。まあ、観光に来たわけじゃないからしょうがないな。

 それにしても、タイは本当に寒い!!!


 七月二十五日(月)
 ようやく、ネットが使えます。といっても、これを書いている時点では、まだ繋がってないんですけどね。部屋から接続ができない状態なんで、ホテルの別のフロアまでパソコン持って移動しなくちゃいけないような感じ。まあ、これくらいがちょうどいいのかな。

 昨日の午前1時くらいにホテルに到着し、午後1時にオープニング・セレモニーに出席しました。タイのスポーツ観光大臣の挨拶&始球式のあと、試合開始(実際にはその前にも何試合かあったみたいだけど)。福田豊選手、桑田哲也選手は午後八時から試合開始。
 福田さんの相手は、タイの Issara Kachaiwong 選手。ものっすごい強い選手で、あえなく0−4で敗北。僕は桑田君のゲーム・テーブルについていたからあまり観られなかったのだけど、まるで桑田君に対する僕のような感じで、ろくろく撞かせてもらえていなかった。
 桑田君の相手は、マカオの Leng San Fat 選手。同組の選手たちの実力を見るかぎり「これを落としたほうが全敗覚悟か!?」という組み合わせ。数字的には拮抗しているが、相手のほうがやや上か、くらいの感じ。勝ちが計算できる相手では当然ないけど、勝てない相手でもない。実際、どのフレームもかなりもつれた。試合時間、2時間30分。結局1−4で敗北。しかし、初めての国際試合で必死になっている桑田君を見ていると、かなりグッと来た。今までずっと日本で、決まったテーブル、決まったメンツとしか撞いてなかったのだものな。いきなりこの状況で、よくやったほうだと思う。今は同室に寝泊まりしているので、深夜まであれこれ話し込んだ。いい経験になる。

 しばらくは毎日試合があるので、思うように外を出歩いたりできない。観光は、もうちょっと経ってからだな。ずっとホテルにいなければいけないので、あまり海外に来ている感じがしない。試合会場もホテルだし。

 また報告します。


 七月二十二日(金)
 そういや明日からじゃん、タイ。まだなにも準備してないよ。でも今回は着替えくらいしかないかな、荷物。あとはビデオカメラとデジカメと、一応一眼レフも持っていくか。なにせ記録班だしな。と、準備をそろそろ始めるかと重い腰を上げようとしかけたときに、急ぎの仕事一本。ひえー。どうすんだ!? でも、いろいろな意味で区切りとなるタイ遠征の前に、できるだけいろんなことを片づけてしまおうと決めたのだし、やるか。仕事も、仕事じゃないこともね。


 七月二十一日(木)
 おっす。今日はaikoのライブに行ってきたよ。
 aikoライブ、知ってはいたけど楽しかった! そこにGood Willがあれば万事OK! そういうことを感じられたライブだった。今日は酔っぱらっててムリだけど、明日からまたがんばって小説書くよ。お楽しみに! そんじゃ!


 七月二十日(水)
 午前四時過ぎに帰宅。自分の原稿を書いているうちにすっかり朝の九時を回っており、さすがに眠気に耐えきれず、就寝。目が覚めたら午後三時。眠っている間に届いていたメールの返事を書いているうちに眠くなり、ついついそのまま二度寝。結局六時近くまで寝てしまった。七時くらいから、今日は用事でお酒。今日は珍しく地元にて。初めての居酒屋に入ってみたのだけど、意外に美味しく、さらにびっくりするほど安かったのでよかった。また行こう。

 こないだまでの講義を受講してくださった受講生の方々から、毎日メールが届く。やって本当によかった。自分ではどこまで役立つ講義ができるか不安だったし、こんな駆け出しの翻訳者にはいささかもったいないなどと思っていたが、やって本当によかった。

 今書いている小説、来月中には初稿を書き終えることができるかも。明日は夜にちょっとはずせない用事があるのだけど、それまでは書きっぱなしで行こうと思う。


 七月十九日(火) 朝
 しこたま飲んだ翌日はきまって早朝に目が覚めてしまうのだが、今日も例外ではなし。枕元に開かれたまま置いてある携帯電話の電源ボタンを軽く押して液晶を光らせてみたらまだ五時半じゃないか。俺は蒸し暑い中手探りでエアコンのリモコンを探し当ててピッとボタンを押す。ぶわーっと風が吹き出してくる。俺はごろごろ寝返りを打ちながら、なんとかもう一回眠ることができないかとがんばるもののどうしても眠れず。ああくそ。いまいましい。で結局こうやって他にすることなんてなにもないもんだから、キーボードに向かうわけだ。「俺の一生、こういうことの繰り返しだけで終わるのかもしれないな」とか思いながら。自分が誰かと一緒に生活することだとか、もうほとんどというかまったく想像がつかない。想像しようとするとぞっとすらするかもしれないし、なんだか日常の遙か彼方へと自分がすっ飛んで行ってしまいそうだから、あまりしない。それにしても深酒をちょっと繰り返すとてきめんに太る。「酒で太るんじゃなくてつまみで太るんですよ」なんてことを言う酒飲みがいるけれど、あれは自分が酒を飲みたいからああ言ってるだけだな。
 なんか今日は起きてすぐから大学のころに好きだった女のことがやたらと思い出されて、別に今はぜんぜん好きではないのだけど、なぜだろう。今にして思えばちょっと顔が可愛いだけの実に退屈な女だったとしか思えない。たぶん俺は自分が彼女と付き合いたかったのではなくて彼女が誰かと付き合うのが嫌だったのだろうなというのが一番しっくり来る。当時UB40とかいうバンドが流行ったりしていてレゲエ・ブームなんて言われていて、彼女も聴いているらしく「あたし最近レゲエ好きなの」なんて言うものだから「へえ、じゃあボブ・マーリィとか聴くわけ?」とか訊いてみたら「誰、それ?」という返事が返ってきてびっくりしたりしていた。今のご時世に置き換えるとするならば「氷川きよしは聴きますが北島三郎は知りません」と言われているようなものだ。「DVDはよく見ますが、ベータは知りません」とか。「大山のぶ代ってザンボット3の人ですよね」とか(これはちがう)。思い出すほど面白いがなぜ思い出しているのだろう。彼女とは結局なにもなく、たまたまうちに遊びに来たときにパンチラを拝んだのが唯一それらしい出来事だった。俺の名誉のために言っておくが見ようとして見たわけではなくたまたま見えただけだ。なんか非常に申し訳ないような気がしてすぐに目をそらした。
 パンチラというのは不思議なもので、別に好みの女じゃなくても(むしろ見たくないような女でも)パンチラすると瞬間的に目が行ってしまう。これは助平心などではなく本能である。俺の友人の友人は「見ないほうがいいです。目がつぶれますよ」というパンチラを目撃したことがあるらしいが、そのくらいのパンチラでも目が行くことに対して男は無力なものである。たとえ目がつぶれたとしてもあの条件反射だけはどうしようもない。その友人の友人の目がつぶれなくて本当によかった。
 そんな下らないことにぐるぐる頭をめぐらせているうちにどうやら外はすっかり朝のようで、真南を向いた窓のすぐ外にででんとマンションが建っているせいで光などほとんど入ってこない俺の部屋にいても、なんとなく「ああ、外が明るいな」と分かるくらいになっている。  


 七月十八日(月)
 Scriptの佐々木收さんがやっている別ユニット、Ricken'sのライブに行ってきたゼ。カッコよかった! ゴキゲンで、気づいたら缶ビールを6本くらい飲み干しており、最後の1本に限っていえば、まちがってMagnum Dryを買っていたことにも気づかないくらいだった。や、楽しかった。CD買ってきたよ(DVD付きでお得)。CD買ったら握手チケットがもらえたので(さらにお得)、なんとなく列に並んでみた。敢えて並んで佐々木さんと握手をするというのも、またオツなもの。にしても、ライブいいな。また行きたい。よく考えたら、竹下通りって生まれて初めて行ったわい。
 ライブが終わってから、友人のトラブル回避を手助けするべく電車に飛び乗る。大したことじゃないかもしれないけど、まかりまちがえばヤバいよ、という種類の感じのもの。今日はもうひとり集まる。いい話し合いができた。よかったよかった。人と人は面白いけど、面白いがゆえに難しいね。面白いほど難しい。そりゃそう。面白いほど深く踏み込むのだからな。

 ああ、酔っぱらった頭って気持ちがいいな。このままじゃいけないのは分かってるけど、とりあえず吐き気は収まるよ。


 七月十六日(日)
 昨日で、全四回の講義を終えてきました。五郎さんのお話もとても面白く、いい内容だったと思う。肩の荷がおりたと同時に、ちょっと寂しい気持ち。でも、いい経験になった。また機会があったらやってみたい。
 講義のあとは、受講生の方々、フェロー・アカデミーのスタッフの方々、五郎さん、その他ゲストとして受講しに来てくださっていた方々と一緒に打ち上げ。青山のソバ屋さんでお食事をしながら飲む。楽しかった!

 帰宅してゆっくり眠り、起きてから原稿。実質、今日明日しかゆっくり仕事ができる日がないので、ガリガリ進める。火曜日からは、タイに行くまで毎日用事が入ってしまっているので、帰省の予定は八月に入ってからになっちゃいそう。

 すこし前から僕の詩についてご意見くださる方がいらっしゃるのだけど、できれば返信先をご記入ください。返信先やお名前の書かれていないものは、単なる落書きと変わらないと判断させて頂いています。ひとこと申し上げておくとすれば、作品にはフィクションとノンフィクションがあり、僕はおおむね前者専門です。


 七月十四日(木)
 今日は、僕が作品について思っていることをひとつ。

 たとえば、作品のテーマや結論、作品中の細々とした主張や意見に対し「それはちがうのではないか」という言われ方をすることがある。僕の作品に限らずということだけど。でも、ある作品が発表されたからといって、それがすべてにおいて正しい必要はないのではないかと僕は考えている。作品を書くということは、ある意味、自分の価値基準の発表会みたいな部分があることはいなめない。それに対して「へえ、この人はこういう基準なんだなあ」と考えるのが、楽しい部分なのだ。
 作者の中で成り立っているからこそ発言はされるわけだけど、それが成り立っているという驚き、どうして成り立っているのだろうと考える楽しみ、「よし、じゃあこの本を開いている間は、著者の基準にできるだけ近づいてやろう」という挑戦。そういうのが醍醐味のひとつなのではないかなと思う。一冊の本、一編の詩を読み終えて、はたと我にかえる瞬間は、ほんと好き。
 けっこう本のレビューなど読んでいると「この作者は間違っている」みたいなものを見かけるけれど、本当はどの作品も間違ってなどいない。そのレビューを書いた人と成り立ち方が違うというだけのことなのだ。特に文芸に関しては「論文読む時みたいにイエスかノーかみたいな読み方はしないでほしいなあ」と常々思うようになってけっこう経つ。

 などと書くと、「それはちがうんじゃないかしら」などと思う方も中にはいるかもしれない。でも、僕にとってはそうなのです。


 七月十三日(水)
 コンタクト・レンズをはめたまま
 どうしようもなく
 眠気に負けるときの
 あの感じが好きだ。


 七月十二日(火)
 一晩がかりで原稿を作り上げて送信。ほっと安堵。もう一本やらなくちゃいけない仕事があるけど、とりあえず眠ろう。最後の講義のプロットも、そろそろ作りはじめなくちゃな。あと、今月は2本ほど書いてしまわなくちゃいけない原稿もある。でも、今週さえ乗り切ってしまえば、来週からはちょっと時間ができる。もうすこしだ。今日は久々にふとんで寝られるぞ。なんか「明日は休養を取りたい」なんて書いておきながら、結局取ってないのな。

 たった今、部屋の隅の物陰にて、パンパンに膨らんだカルピスのペットボトルを発見。いったいいつのものだろうか。


『バロメーター』

 僕は君を愛してるって思ってるけど、
 自分に自信がないし、
 将来暮らしていけるかも分からないし、
 あんまり恋愛関係って得意じゃないし、
 一緒にいるとすぐ怖くなっちゃうし、
 記念日とかも忘れっぽいし、
 あんまりマメなほうじゃないし、
 自分の時間がたっぷりないと厳しいし、
 日曜日はスヌーカーの試合があるし、
 土曜日には予選があるし、
 オシャレに興味ないし、
 部屋だって汚いし、
 また逃げられないか不安だし、
 つらい思いするのはもうごめんだし、
 酒飲みだし、
 夜更かしだし、

 つまり
 そういうことがたくさん思い浮かんじゃうくらいだから、
 きっと愛してないんだ。

 そして君は、
 僕から付き合ってほしいって言われるのを
 待っていられたり、
 そこに至るまでの
 駆け引きを楽しむくらいの
 余裕があったんだから、
 僕のことを
 愛してないんだろう。


 七月十二日(火) 朝
 昨日はまた飲んじゃった。でも、十時くらいまで。飲み始めたのが七時くらいだから、まあ飲んだな。結局、講義の手順はメールでほぼ話が済んでいたので、久々のお食事会の様相。五郎さんも温泉で転んで身体をしたたか打っておられた。偶然ー。

 ふらふらで帰宅し、「さて、仕事すっか」とパソコンに向かったところで猛烈な眠気に襲われ、机で就寝。目が覚めたら午前三時。すっかり酒が抜けていたので、作業開始。というわけで、今は朝の七時半。まだまだ元気。十一時くらいまで仕事してから仮眠取って、仕事の進み具合によっては、久々にスヌーカーやりに行こうっと。


 七月十一日(月)
 朝方まで仕事をし、眠気に耐えられなくなり、布団まで移動する気力もないまま机にて就寝。夏場はこの技が使える。冬場は寒くて机でなんて眠れない。今日はこれから中川五郎さんとデート。今週末に一緒にやる講義の打ち合わせをする。でも仕事が立て込んでいるからあんまり飲まず早めに帰宅するつもり。なんとしても今日中に一本仕事を終わらせて、明日は休養を取りたい。外に、自分のルーティーンの枠からときおり出なくちゃダメだ。

 イラクにて自爆テロ。36人死亡(公称だから、もっと亡くなってるんだろうな)。こういうニュースが続くと、本当に気分がやさぐれてくる。先日のロンドンのテロから、一週間も経たない。そんな短い間に100人近い人々が、突然さらわれていってしまう。遺された人々の悲しみが空を覆い尽くしているような気分になり、晴れた日は空を見ていられない。
 自分になにができるわけでもないのかもしれないが、少なくとも、何らかの意識は持っていきたい。ひとりひとりが意識を少しだけ持つことで、なにか大きなものが生まれるのではないだろうか。
 兵隊が人を撃ち殺したり、逆に撃ち殺されたり、そういうことの積み重ねの上に平和が成り立つと信じている人たちがいて、それはとても悲しいことだ。「じゃあお前になにができるんだ」と言われたら何も言い返せないけれど、それでも僕は、大事な人が戦場で銃弾に倒れたり、銃弾の入ったその亡骸を前にしたりするのは、とても悲しくて耐えられないと思うし、それは誰だってそうなんじゃないかと思う。
「人類の歴史は戦争の歴史だ」なんて言葉がある。確かにそうかもしれない。争いが起こるのは、しょうがない。恋人同士だって喧嘩くらいする。でも、争いは起こるものだということを前提にしてものごとを考えていくのは間違っている。人類の歴史って、芸術の歴史であり、愛の歴史であり、学問の歴史であり、挑戦の歴史であったりもするわけだから。

 最近書いていた小説、あまりにも個人的な小説(僕個人という意味ではないけど)なので、ちょっと凍結。今やらなくちゃいけないのは、きっともっと他のことだ。

 優しくなりたい。
 ものすごく個人的な欲求に自分が逆らえない瞬間が、今はとても嫌だ。


 七月十日(日)
 二日酔いで、使い物にならない状態で起床。でも今日は仕事をやらなくてはいけないので、ゲータレードをガブ飲みしてから思い切って二度寝。夜七時に起きたら、すっかり酔いはさめていた。さて、今日は朝まで仕事だ。がんばるぞ。でもその前に、食事してこよう。一回集中し始めると、外に出るなんてできなくなっちゃうし。あー。酒くさいからシャワーあびなくちゃ。あ、今気付いたんだけど、コンタクトレンズが片方ないぞ。まだ2週間しか経ってなかったのに……。新品おろそう。

 階段から転がり落ちた身体の痛み、心配してフォームを送ってくださった皆様、ありがとうございました。まだあちこち痛むけど、生活に支障があるほどじゃないので大丈夫。バンテリンでも塗りながら、堪え忍ぶとします。効くか分からないけど。いててて。

 それにしてもスヌーカーやりたいなあ!! もう、一週間ちかくやってないんじゃないか? 感覚戻すの大変そうだ。明後日にはなんとかちょっとは行けるか。うー。キュー持って帰ってきておいてよかった。少なくとも、握れる。


 恋の始まりには
 なにを言っても許される

 恋の終わりには
 なにを言っても許されない


 七月九日(土)
 夕方五時半まで講義をしてから、SCRIPTのライブに行ってきた。Lamamaの階段から落ちて、今は身体中が痛い。尾てい骨を嫌というほど打ったのがめちゃくちゃ効いている。
 ライブ、相変わらず面白かった。その後はなんだかんだで朝の4時くらいまで酒。飲み過ぎだ! 


 七月八日(金)
 ロンドンで起こったテロの直後から、ロンドンにいる知り合いの安否確認のためにメールを何通か出していたのだけど、今日になって全員無事であることが分かった。
 八月まで向こうに住んでいる友人のエッシーからは「恐怖と怒りとで、胸がつぶされるような気持ちになりました」というメールが返ってきた。彼女はいつもバスで通勤しているので、受ける実感はただごとではない。
『BLUE』の著者であるニックは、爆発のあったエッジウェア・ロード駅から2駅のところに住んでいるのだが、たまたまその日は娘が早起きしたため、地下鉄で保育園まで送っていくことができたという。もしバスに乗っていたら、どうなっていたか分からない。交通のストップした街はとにかくひどい状態で、数え切れないほどの人々で埋め尽くされており「まるで世界の終末のような光景だった」という。

 本当に悲しい。
 テロで亡くなられた方々に黙祷。

 翻訳家として、いい作品を日本語にすることとは別に、なにかできることがないか考えてみるつもり。

 あと、道で転んでせっかく買った弁当を台無しにしました。


 七月七日(木)
 自宅から出ず、お仕事。なんだか、けっこう忙しいぞ。締め切り間近の原稿が2つと、リーディングが2本。うち1本はサンプル翻訳作らなくちゃいけないので大変。週明けまでスヌーカーはお預けかな、こりゃ。しばらくは、本職に打ちこむとしよう。

 なんとなく、着メロなどダウンロード。久々に携帯をたくさんいじったら、若者気分だ。
 若者気分といえば、今日からリストバンド始めてみました。なくすまではつけてると思います。あんま似合わない。しかも、さっそくなくしかけた。


 今日は七夕。なにか願い事はしましたか? 僕は、コピー用紙で短冊つくって、キッチンにぶらさげときました。願い事は、うふふ、秘密。
 願い事といえば、以前調布に住んでいたころ布田天神に初詣に行ったのだけど、「YOSHIKIプロデュースでデビューしたい」と書かれた絵馬があって、なんだか微笑ましかった。

 八日の午前三時にひととおり今日の分の仕事を終え、アウトサイダー2へ飲みにゆく。馴染みのバーテン君と話しながら閉店の五時まで飲み、べろんべろんになって徒歩にて帰宅。なんかアホくさくなり、歌を唄いながら早稲田通りを歩いた。いろんなことは虚しい。とことん虚しく、やるせない。しかしその虚しくやるせない中でも、一生を捧げるに値する(というか捧げたい)ロマンチックなものは確かにあり、そのために自分は生きているのだと強く実感しながらタクシーにクラクションを鳴らされる。
 辺りはもうすっかり明るい。一日の始まりだ。角の自販機で、酔っぱらいが煙草を買っている。あまりにも当たり前すぎる景色を見ながら、僕はなにがなんだか分からなくなり、「結局いつもどおりさ」と、いつもの角を曲がり、自宅の鍵を開ける。

 とことんシンプルに考え、
 最後に残った
 本当に大事なものだけを
 貫け。

 勝たなくてもいい。
 要は
 善戦すればいいんだ。


 七月六日(水)
 夜、フェロー・アカデミーのスタッフの方々、そして『ダ・ビンチ・コード』の翻訳で有名な越前敏弥さんとお食事兼お酒。越前さんはとても面白くて素敵な方で、初対面だというのに、挨拶もそこそこに話がどんどん砕けてしまった。おいしいお酒はいい。料理もおいしかったし。結局11時くらいに店を出るころにはすっかり酔っぱらってしまっていた。

 つか、月亭八方の息子、月亭八光に娘が生まれたらしいのだが、名前が「心愛(ココア)」にほぼ決定らし

 つかココアて。


 七月五日(火)
 延々原稿読みと翻訳作業。あと、ブコウスキーの詩を一編翻訳してみた。ずっとモニタか原稿とにらめっこ。目、いててて。

 夜中からけっこう雨が降り出す。ちょっとびっくりするくらいの勢い。バイクに乗っていたころは、こんな雨が降ると痛くて痛くてたまらなかった。なにせ体が剥き出しだし、この季節は薄着で乗っていることが多かったから。首とかにピチピチ雨粒がぶつかると、めちゃくちゃ痛い。でも、サーッと晴れてみるみるTシャツが乾いていくのが楽しかった。またバイク乗りたいな。

 今日はなんかいろいろで、複雑だ。文字読み過ぎたか。さて、そろそろ空が明るくなってきた。眠くなるまで原稿を読んで、寝て、起きて、また原稿を読むとしよう。


 『そいつは間違いだ』

 好きなことばっかりして
 生きていけるかというと
 そいつは間違いだ。

 ド素人のクセに芸人のマネをして
 笑いを取れば
 あの子に惚れてもらえるはずだなんて
 そいつは間違いだ。

「君に会うために
 生まれてきたんだ」なんて、
 そいつは間違いだ。

 メールの長さと
 返信の早さで
 相手の気持ちの深さを考えるだなんて、
 そいつは間違いだ。

 ただの女の子に
 アダルトビデオみたいなことを求めるのは
 間違いだ。

 相手と同じ経験もしていないのに
 相手の気持ちが分かるだなんて
 そいつは間違いだ。

 男と一緒に歩いているとき
 彼が他の女の胸や脚や
 二の腕を
 ちらりと見たからといって責めるのは
 間違いだ。

 酒を飲んで口説かれたのを
 本気で受け止めるのは
 間違いだ。

 人の音楽や
 人の小説や
 人のあれこれにケチをつけるのは
 間違いだ。

 戦争を無くすために
 ミサイルや
 ライフルを作るのは
 間違いだ。

「パスタの中が
 まだちょっと固いままじゃないか」と
 文句を言うのは
 間違いだ。

 人に気に入られてないんじゃないかと
 恐れて
 ぺちゃくちゃ喋るのは
 間違いだ。

 苦しんでいないと
 いい作品が作れないんじゃないかと
 考えるならば
 そいつは間違いだ。

 自分が好きな音楽ならば
 きっと誰でも好きなはずだと
 カーステのボリュームをめいっぱい上げるのは
 間違いだ。

 誰かが自分の代わりに
 あのばあさんに席を譲るだろうと思ったら
 そいつは間違いだ。

 女が言う
「今日は大丈夫だから」というひとことを
 信用するのは
 間違いだ。

 別れた恋人が
 誰かと幸せになってくれますようにと
 祈るのは
 間違いだ。

 俺の書いていることが
 正しいかというと
 そいつは
 間違いだ。


 七月四日(月)
 夕方六時過ぎに新宿にて福田さん、桑田君と待ち合わせし、タイ遠征用のベストを新調しに行く。いつも、しつこいくらいクロスタイトリーで会ってるのに、場所を変えて会うとなんとなく新鮮だ。まずは丸井に行くも、なかなかいいものが見つからず。他にも見て回ったのだけど、どうも「これ」というのが見つからない。「これは急いで買うよりも、タイには従来のベストで行くとして、新しくあつらえるとしよう」という話でまとまった。結局、夕食だけ食べて帰ってきて、仕事に戻る。出発まで三週間を切っている。楽しみだ。ふたりと会うたびに、期待は否応無しに高まる。僕は記録係として、映像と文章にすべてを収めてくる予定。物書き魂が騒ぐぜ。

 今日は、仕事を進めながらときどき仕事部屋からリビングに出て詩など書いていた。こないだの講義の準備をしながら何編か詩を細かく読み込んでみたのだけど、詩はやっぱり面白い。
 今年の春くらいまでほぼ2年間、仕事でひっきりなしにキーボードを叩いていた。その中で、すっかりくたびれきってしまい、どっかで「文章はもう書きたくない」というような気持ちがないでもなく、プライベートで文章を書く量がグンと減っていた。ライフワークのひとつとして、じっくりと長編に取り組んではいるのだけど、前みたいに「暇だから詩でも書いてみるか」というような気持ちがなくなってしまっていたのだ。
 必要な休みだったのだと思うが、それはそれで苦しかった。僕は文章を書くことくらいしか取り柄のない人間だから、そこに意欲が働かないということには、常に不安が付きまとう。それに、取り柄といっても日本一上手いとか、東京一上手いとか、そういうレベルではない。まだまだ伸びる余地も、努力しなくてはならない余地もある。最近、講義のためにプロットを作ったりセオリーを整理したりしながら「そういえば俺、これできてねぇな」というような事柄にいくつかぶち当たり、反省。これからは、スヌーカーと同じくらい文章の訓練にも邁進していく所存。スヌーカーの練習を通して、文章の訓練にも役立つチップをいくつも見つけてある。


 いつもよりすこし寒い
 早稲田通りの混み合った舗道を
 僕はまるで
 セロハンテープのようなありさまで
 歩いてゆく。

 誰かの目にとまることもなく、
 ただ
 誰かの声や、
 匂いや、
 ちらりと見た
 いつもの景色からすこし浮いているものを
 あれやこれやと体にくっつけながら。

 あの角を曲がれば
 やっと部屋に着く。
 酔っぱらった頭で
 ビルの谷間から空見上げて月を探し、
 ふと立ち止まり、
 なにかひとこと考えて、
 それを頭から追い出しながら、
 部屋の鍵を開けよう。

 そんな気分だ。


 七月三日(日)
 明け方、雨音の向こうからいつもの母猫の声が聞こえてきた。ようやく眠りに落ちそうだった僕はその声ですっかり目が冴えてしまい、舌打ちをしながら体を起こした。もしかしたら、眠りについて何分か過ぎていたかもしれない。部屋が蒸し暑い。何度も寝返りを打ったせいで、布団はぐしゃぐしゃになって役割を果たしていない。ぼんやりとした頭に、やけに鮮明に雨粒がコンクリートを叩く音が入り込んでくる。静かだ。
 猫の声はやんでいる。僕は「なにごともなかったのかもしれない」と思い直し、どうせまたぐしゃぐしゃになるにちがいないが、布団を一応整えてから、煙草に火をつける。まっ暗い部屋の中、雑然とした机の上がライターの火に浮かび上がる。
 たぶん、僕が寝ぼけて普通の猫の声を聞き違えたのだろう。僕は煙を吐き出しながら胸の中で言う。煙草の火の周囲だけ、煙がぼんやりと色づいて見える。
 だが、気のせいではなかった。僕が煙草を揉み消して横になると、また母猫の声が聞こえてきたのだ。明らかに、いつもと違う声だ。先月、悲痛な鳴き声に気付いて子猫を穴ぐらから救出してから、猫の鳴き声に敏感になっている。今日は、前とは逆方向から聞こえてくる。玄関と反対側のほうだ。そこには四階建てか五階建てのマンションが立っているのだが、どうやらその辺りで鳴いている。またなにかあったのかもしれない。僕は目が冴えているのを確かめてから「どうせ眠れそうもない」と自分の尻を叩き、起きあがってジャージを羽織る。
 傘を広げて明るくなりかけた表に出てみれば、雨は想像していたよりもかなり強い。声の出所を探しているうちに、すっかり寝間着の裾がびしょびしょになる。帰って靴を脱いだら、さぞかし不快なことだろう。
 路面がつやつやに光って、五年間くらい拭いていない鏡みたいに景色を映そうとがんばっている。僕はときおり立ち止まり、猫の声がどこかから聞こえてこないかと耳をこらす。だが、いくら歩いてもついにそれらしき猫の姿は見当たらず、僕は結局部屋に引き返し、予想どおり着ているに耐えない状態になった寝間着を脱ぐと洗濯機に放り込み、別のジャージに履き替える。そして、「あれだけ鳴いたら腹も減るだろう」と、猫のエサを紙皿に出して、窓の外に出しておく。
 猫の声は、いつの間にか止んでいる。きっと、なにごともなかったのだろう。これまでにも何度か同じようなことがあった。そして、翌朝には二匹の子猫と一緒にごろごろしている母猫にお目にかかることができたのだ。僕はもう一本煙草に火をつけると「この煙草が消えるまでに声がしなかったら、今度こそ寝よう」と静かに決意を固める。

 おやすみなさい。


 七月二日(土)
 今日はフェロー・アカデミーにて講義。明川さんの講義、初めてだったけどめちゃくちゃ面白かった。人気出るわけだ。前半の一時間をお頼みして僕は後半だったのだけど、すごくやりづらくなってしまった。僕は基本的に喋り下手だから。ともあれ、なんとかかんとか今日も終了。今日は2社ほど出版社の方も見えていて、なんかプレッシャーだった。お疲れさま自分。

 なんだか今朝は六時半くらい起きてしまった。普段起き慣れない時間に起きると、困ったものでどうしていいのか分からなくなる。「うーん、困ったなあ」と頭をポリポリ掻きながら座っていたらなんだか猛烈に眠くなってきてしまい、「こりゃいかんわい」と立ち上がる。で、講義の準備したやつを見直したりしながら眠気が過ぎるのを待ち、ようやく眠気が覚めて食欲が出てきたところで松屋で朝ご飯。そろそろ松屋とかやめないとな。野菜ぜんぜん摂ってないよ。
 それにしても、早起きのせいで眠いの眠くないの(眠いんだけど)。今日は1時までには布団に入ろう。1時って、これまでの生活考えたら真昼くらいの時間帯だよ。信じられない。明日は午前中からバリバリ仕事をして、夕方からクロスで練習。がんばろう。


 夜が唄っている。
 俺は
 わけが分からないうちに
 家に着いている。


 七月二日(土)
 今日授業で使おうと思って、イギリスで飲み仲間だった詩人コリン・クロスの詩集を読み返していたのだけど(詩集といってもA4の束)、やっぱこの人の詩は相当おもしろい。数年前に翻訳で出そうとして失敗してしまったのだけど、もう一度トライしてみようかな。


 七月一日(金)
★本日の子猫ちゃんぐず★
 ドア開けたらすぐそこで寝ており、横で母親が見張りしてた。僕がしゃがんだら「起こさないでね」と優しい声で注意された。左のネコちゃんには、深夜の救出劇で思い入れがある。なんのこっちゃか分からない人は、先月1日の日記を参照のこと。

 さてさて、明日は講義二度目。一週間って早いな! 今日もがんばって準備しなくちゃだ。それと、来週の分の課題も考えなくちゃ……。でも今日はワケがあってとても元気。いいことあるとちがうな人は。
 明日は、明川哲也さんをゲストにお迎えする。僕も彼の講義を見るのは初めてなので、かなり楽しみ。それにしても、自分が詩を書き始めるきっかけになった方をこうしてゲストにお迎えできるというのは本当に嬉しいこと。生きててよかった!
 そういえば、最近明川さんが出版された『ぼく、あいにきたよ』を拝読したのだけど、とてもよかった。児童虐待をテーマにした絵本で内容もけっこう重いのだけど、興味ある方はぜひ読んでみてください。

 今日はひさびさに、ギターを弾いてみたよ。
 外に出なかったので、夕食はKitKat。Have a break!