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送ると届きます:
 八月三十日(火)
 寝てたら、ヤフオクで落札したiBook用の液晶が届く。すぐに作業にかかろうかと思ったけど、その前に車をスバルのディーラーまで持っていくことに。スピードが0の状態ではハンドルがまったく切れないような有様なので、駐車場から出したり馬場の細い路地を曲がるのに一苦労。一発で行けるはずの場所で、4回くらい切り返しながらなんとか早稲田通りに出て初台へと向かう。ディーラーは思ったより近く、割とすぐ帰れた。帰りの道中、新宿の電気街をうろついているときに、AirMacベースステーションのジャンク品を発見。2980円だったので「ダメモトで買ってみよう」と購入して帰宅。で、ちゃんと使えた。今日から我が家も無線LAN。ただ、作業場所は決まっているのでほとんど意味がない。物珍しくて楽しいだけ。

 さてと、一度机の上をきれいに片づけてから、iBookを解体。と言っても液晶パネルを取り外して新しいのと付け替えるだけ。これもダメモトでのトライだったので、気軽に作業は進む。結局、換装はなんとか終了し、ネジが数本余ったものの無事にiBookは復活した。一気にパソコンが3台になってしまった。まあ、PowerBookは持ち運ぶにはちょっと大きいから、ちょうどいいか。

 さてと、そろそろ旅行の準備でもしますかね。特に持ってく物もないんだけどさ。


 八月二十八日(日)
 昼食を食べに入ったとあるビルの飲食街で、トイレに入った。前の壁に、鉛筆の字で「愛をください」と書いてあった。妙にぐっと来た。


 八月二十八日(日)
 公式戦初勝利。内容はひどかったが、なんとか勝った。とにかく結果がすべて。初のベスト8でまたもや有賀さんにこてんぱんにやられる。今まで、僕は闘争心がないことが悩みといえば悩みだったのだが、今回は心底悔しかった。この悔しさがあれば、もっと強くなれるはずだ。

 試合の帰り、レガシィ号のパワステが壊れる。これは、キューイングのために腕を鍛えろという神の啓示だろうか。


 八月二十六日(金)
 試合直前だというのに、仕事が立て込んでいて練習できず。明日も無理っぽい。試合はぶっつけ本番か。明日、ちょっとだけサムタイム行って撞いてこようかな。

 ちょいと31日から函館→札幌に旅行してきます。夏休みっぽいぞ。


 八月二十五日(木)
 なんだか気分が優れないので終日自宅にて仕事などしながら過ごし、夜になってから、割れたiBookの液晶を外してみた。今度、中古で液晶だけ探してきてつけようという寸法。メカはあんまり強くないのだけど、バラしてみたら意外と簡単。これなら、部品さえあれば直りそうだ。よかったよかった。

 ポール・ハンターが癌を克服したのだとか。よかった! JSAから送った千羽鶴が効いたのだろうか。

 すごい雨。


 八月二十三日(火)
 そうなんだよ。高校の野球部ってそういうことするとこなんだよな。それを知ってから甲子園をどうも見られなくなり、かれこれ十五年。


 八月二十二日(月)
 aikoの『三国駅』という歌の歌い出しが「もしもあなたがいなくなったら/あたしはどうなってしまうだろう/持ち上がらないくらいに首をもたげて泣くのかな」という歌詞で始まっているのだけど、「もたげる」というのは、持ち上がっているのではないだろうかというのが、もう気になって気になって……。


 八月二十一日(日)
 グループリーグ全勝の一位で予選通過しました。さあ、来週の日曜はがんばるぞ。でも、有賀さんにボコられてちょっと「参ったなあ」だった。その後、クロスにて福田さんにボコられた。最近の福田さんは本当に強い。前から強かったけど。桑田君にしてもそうだけど、タイ遠征でなにかが変わってしまったようだ。撞いているときのオーラがもう違う。すごいぞ。

 今週はいろいろと予定が詰まっていて忙しいけど、暇を見て練習しよう。とりあえずの目標は、JSA決勝トーナメントで初の一勝を飾ること。つまり、ベスト8以上。


 八月二十日(土)
 いよいよ明日は予選。僕にとって、2005-2006シーズンの初戦となる大事な試合。七月はタイ遠征で休んじゃったからな。僕がランキング5位以内に入ったら、お世話になっているエージェンシーの社長さんが試合用のベストを三人分あつらえてくれるということだから、がんばっていくぞ。
 今日は予選会場となるスヌーカークラブでテーブルのコンディションを確かめながらしばらく撞き、それからクロスに移動して練習。なんか、ちょっと大事なコツをひとつ掴んだかもしれない。今日そのコツが役立ったとはいえ、ほんとに正解なのかは明日にならないと分からないけど、明日はもう練習できない。ぶっつけ本番で行くぜ。


 八月十九日(金)
 午後七時より渋谷の『The Pink Cow』にて、隙間産業設立記念パーティを開催。今回は主催者ということで「絶対に酔っぱらわないぞ」と心に決めて臨む。
 まずは、パーティに来てくださった50名ほどの方々、本当に本当にありがとうございました。本当ならばひとりひとりゆっくりお話ができればよかったのですが、主催者不慣れということでおたおたしているウチにお開きの時間になってしまい、残念でした。また機会を作ってご一緒できれば。

 会場を後にしたのは午前一時くらい。なんかすっかりヘトヘトになっていたので、朝まで飲もうというアキラ君の誘いを断って帰宅。スーツのままソファにどさりと身体を沈め、今日一日に改めて乾杯すべく、ひとりで缶ビールを開ける。

 で、話はノッポンですよ。


 実は昨日東京タワーに遊びに行ったのだけど、そこで初めて知ったのが、この「ノッポン」という東京タワーのイメージキャラクター。まるでボールペンで殴り書きしたかのようなデザインがステキでしょ。「ノッポ」と「ニッポン」をかけたと思われるオシャレなネーミングもさることながら、「クールで無口なはずかしがりやの兄(青)と明朗活発ながら寂しがりやの一面を持つ弟(赤)」という設定も素晴らしい。
 僕はてっきり、青いほうが兄、赤いほうは妹だと思っていた。この説明を読み過ごしていたら、自分勝手な色のイメージで弟君を誤解したまま過ごしてゆくことになってしまうところだった。危ない危ない。


 八月十七日(水)
 明日は終日用事があり、明後日はパーティ。土曜日は二日酔いで動けない可能性アリ。というわけで、日曜の予選前の最後の練習日になりかねないので、夕方からクロスタイトリーに行き、福田さんと練習をかねて数フレーム撞く。最初の1フレームは調子よく取ったが、福田さんが徐々に調子を上げていき、ハーフ・センチュリー2連発。結局その後はフレームを取れなかったものの、そこそこいい感触。「今月はまあ、これくらいでしょうがないかな」というくらいの感じにはなった。ちなみに今日はMUSASHIではなくTraditionalで撞いた。最近、アッシュのほうが調子がいいような気がする。MUSASHIはやはり、難しい。アッシュのほうがすんなりとキューの重さに任せて撞くことができる。それがイマイチやりづらいのが、現在のところMUSASHIの致命的な欠点かもしれない。僕にとっての話だけど。

 寝ている間に、ふと浮かんだフレーズなどをよく枕元の形態からパソコンにメールしている。ほとんど無意識にやっているので、朝起きてメールチェックをしたときに「お、今日もメモってたのか」と、なんとなく楽しい。今日は、こんなメモが届いていた。

「心がさびたベッドのように音をたてさえしなければ、それでよかった。(馬の話ね」

 なんか、馬の夢を見ていたことは憶えている。死期を悟った愛馬が僕のもとを離れて人知れず死んでしまうのだが、その馬の恋人だか弟だかがその馬の振りをして僕の元に戻ってきて、僕を背に乗せて砂利道を走ってみせてくれるのだ。僕は背中に乗りながら、それが自分の愛馬でないことに気づいているのだが、その馬の優しさに心打たれ、胸を痛めつつも感動するのだ。確かその一連の心情描写で、上記の言い回しが出てきたのだと思う。なかなか文学的である。なんかに使おう。


 八月十六日(火)
 夜になると地面はペンキで塗りつぶしたようにまっ黒くなり、ところどころでどぎついひび割れを起こす。ひび割れの下からは、鮮やかに赤いマグマのような液体がぶつぶつと気泡を発しながら、今にも地表に溢れ出しそうだ。ぼくはそのひび割れを避けるようにしながら歩道を歩いてゆく。もう何年もそうだ。空をでっかい鳥がゆったりと渡ってゆく。巨大な両翼を悠々とひろげ、まっ赤なくちばしをほんのすこし開いて。ぼくを見下ろしながらその鳥は、やがてどこかビルに隠れて見えなくなってゆく。
 そんなとき、ぼくが実感として感じることのできる感覚的な部分をのぞいてすべては現実ではなくなってしまう。まるで、指先で軽くつつけば割れてしまうプレパラートのようなもろさに世界は包み込まれ、ぼくはそれをつついてみたい衝動と、つついてはならないという恐怖の板挟みになり、手足がしびれてくる。感覚を失う恐怖と「無は確かにあるのだ」という妙な安堵感が摩擦を起こし、ぼくは自分の意識のありかを探して部屋の中に閉じこもる。もう何年もそうだ。このくらいがぼくにとっては調子がいいのかもしれない。下手に相対的に自分を見ようとするから苦しむのかもしれないし、もしかしたら、その辺を歩いている人々にも同じようなものが違った形で見えていて、誰もそれを口に出さないだけなのかもしれない。いずれにせよ、どちらでもいい。苦しみがないことのほうが怖いことではないか。それに、疑っていることはどうあがいても信じることなどできはしない。放っておくにつきるのだ。
 言葉は信じるな、声に耳を傾けろ。姿形を信じるな、意図に目を凝らせ。人間はきっと、それぞれが大きな光の塊なのだ。それを知っている者はがんばれば周囲を照らし出せるだろうし、それを知らない者は自分や他者が心に抱える闇を恐れておかしくなってしまうだろう。具体性など知ったことではない。いったいなにが具体的だというのだ。なにもかもふにゃふにゃで、なにもかも曖昧だ。そんなふうに毒づきながらふと触れたコンクリートの壁があまりにはっきりとざらざらしていて、指先に伝わってくるその感触にぼくはぞっとして手を離す。

 長らく、こんなではいけないいけないと思い続けていた。暗くて卑屈で偏屈でみっともない。だから、あれこれやってみた。クラブにも行ってみたし、カクテルも飲んでみたし、ギターも弾いてみたし、音楽も聴いてみたし、ちょっとこじゃれたTシャツとかも着てみた。だが結局どれもこれもぼくにはあまりというかまったく向いてなくて、女の子のかっこいい口説き方のひとつも知りはしない。ぼくは結局よれよれのTシャツを着て球を撞きながら、ときどきビールばかり飲んで、みっともないグチをこぼしながら記憶をなくすほど酔っぱらっている。
 まるで他人みたいな生き方を試している間、ぼくはまったくなにも書けなくなってしまっていた。数えてみたら、その間に書いた文章は原稿用紙にして二千枚を越えるのだが、どれひとつとってもあくびすら出ないほどつまらなかった。だから、パソコンのデータを移し替えるのをきっかけに、ぜんぶ捨ててしまった。
 これからは、恥を恥と思わず自分のみっともない内側について書こう。幸いなことに、今のぼくには心の支えがある。


 八月十六日(火)
 今日はようやくパソコンを新調したぞ。iBookにしようと思っていたのだけど、画面の狭さがキーになり、PowerBookをチョイス。これで、ずっと感じていたストレスともおさらば。OSX、画面広くてナンボだ。これまでは、ワープロとウェブブラウザを行ったり来たりしながら作業を進めるたびに、いちいちあっちを動かしこっちを動かし、あれをしまいこれをしまいしなくてはならなかったが、もうそんな手間も不要。ハロー快適ライフ! いやー、割れてない画面ってステキだ。
 パソコンを買い換えるとその都度面倒なのがセットアップだけど、今回は思いのほか楽チン。前まではあれこれ移し替えてたのだけど、最近はすっかり文章しか書かなくなってしまったので、ワープロと過去の文章くらいしか移すものがないのだ。というわけで、すぐ終了。これだけすんなり行っちゃうと、かえってつまらない。

 さてさて、これでいい作品が書けるぞ。気がするぞ。前もそうだったけど。


 八月十五日(月)
 クロスで福田さんと練習。なんか、入ったり入らなかったり。基本的に調子が悪いわけではないんだけど、どうも上手く行かない。変なハズしがポンポン飛びだす。かといって、適当に狙っているわけじゃなくて。うーん。まあ、このまま練習してりゃ大丈夫だろう。悪くなっているわけじゃないんだし。

 新しい仕事が入った。今度は、前回の『Letters to Me』よりもかなり物語色の濃い作品。もう一回原稿を読んでいるのだけど、とても面白い作品なので、今から翻訳作業がかなり楽しみだ。始める前に、早くiBook買ってこなくちゃ(結局まだ買ってない)。今日、あとで買いに行ってこよう。今日こそは。

 なんか、今度僕が所属しているスヌーカーの団体のウェブサイトにプロフィールを載せることになったのだけど、「ニックネーム」という欄で困っている。ニックネームなんてないって。ちなみに福田さんは「ジャパニーズドラゴン」、桑田君は「センターガイ」。僕もなんかないかしら。「グッドラック」とかはベタというか、人の作品でアレだしなあ……。というわけで、募集などしてみます。なにか思いついたら上の一行フォームから送ってみてください。


 八月十四日(日)
 兄嫁の誕生日を、渋谷のセンター街にある沖縄居酒屋『れきお』にて開催。今年は兄と花子の誕生日をお祝いしそびれていたので、三人分のバースデイ・プレゼントを抱えて渋谷へ。センター街なんて歩いたの、もしかしたら初めてかも。これまで、敢えて避けてきたからな。というか、渋谷そのものを避けているからな、僕は。
 パーティに来ていたのはほとんど初めての方々ばかりだったが、輪廻のマスターである竹田君夫妻に久々に会えたのは嬉しかった。あと、今一緒に作業をさせて頂いている編集のNさんとも、今さらながら初対面。お互いそうとは知らず、しばらく向かい合って飲んでいた。久々といえば、コイズミさんに会ったのも本当に久しぶり。相変わらずのさわやかさだった。

 さてさて、次の日曜はいよいよJSAの公式戦予選。前回はタイ遠征中だったので、僕にとっては新シーズンの初戦となる大事な試合の始まりだ。仕上がりにちょっと不安はあるものの、とりあえずあと一週間ある。じっくり調整して、万全の状態で試合に臨みたい。


 八月十二日(金)
 クロスタイトリーに行くと、桑田君が誰かとスヌーカーをしていた。様子から察するに、初めてスヌーカーを撞きにきた初心者の人らしい。僕はカウンターで弁当を食べながらその様子を見ていたのだけど、どうもその人に見覚えがあるような気がしてならない。桑田君と彼のフレームが終わるのを待ってさりげなく話しかけつつ「田内です」とか自己紹介してみたら、やっぱり! 高校で同級生だったキシザワじゃねーか! 超マイナースポーツのスヌーカー、超マイナー地区の足立入谷。そんなところで、まさか高校の同級生に会おうとは、ほんとビックリだ。キシザワ君は、今は名字が変わっていた。道理で、桑田君にこっそり「あの人、キシザワって名字じゃなかった?」とか話しかけても「違いましたよ」とか言われちゃうわけだな。いやはや、それにしても懐かしい。十二年ぶりくらいの再会。せっかくだからと2フレームほど一緒に撞いたのだけど、どうも相手が古い知り合いと思うとやりづらく、いいとこナシで終わった。

 それにしても、僕がきっかけではないところで、今とても仲のいい桑田君と僕の級友が笑顔を交えてスヌーカーしているのを見るのは、なんとも妙なものだったなあ、というお話でした。今度一緒に飲みましょう、キシザワ君。名字が変わろうとも、僕の中ではキシザワ君はキシザワ君なのであった。


 八月十日(水)
 詳しくは書かないけど、世界がひっくり返るような素晴らしいできごとがあり、最高の気分。

 あと、ゴキブリを二匹退治した。

 液晶が割れて壊れているiBookの保険金が下りたので、今日は新しいiBookを買いに行く予定。壊れたiBookも、モニタさえ繋げれば使えるんだよな。なんかもったいない。

 ビリヤード漫画『ブレイクショット』の情報を送ってくださった方、どうもありがとう。もちろん全巻持ってますよ。
 「たまに鼻血を出すと怖くなります」というフォームを送って下さった方、どうもありがとう。僕は高校時代、唯一まともに勉強した(つまり進級がかかっていた)古文のテスト中に、前日の無理がたたったのか、無事答を書き終えた安堵感からか、鼻血出しました。返ってきた答案には「血染めの解答用紙」と先生の字で書いてありました。


 八月九日(火)
 19日(金)に、渋谷にてパーティを開催することに。実は最近、有限会社を立ち上げていたので、その設立記念にと企画したもの。ちょっと迷ったけど、ここでも告知しちゃう。もし興味ある方いらっしゃったらご一報を。

 


 八月八日(月)
 大事なランチをして、夕方からクロスタイトリーへ。なんとクロスに泥棒が入り、売り上げなどを含めたお金が盗まれてしまった。なんということ。みんなで、なんだか気分を悪くしながら過ごす。
 ニューグリップを発展させたシャクトリ虫打法が好調。今日だけではなんともいえないが、次回も同じように好調ならば、これがひとつの正解だということ。次回が楽しみ。

 小説を進める。今日は原稿用紙20枚くらい。この調子で、筆が進むときだけガバッと進めて行けば、近々初稿が完成するだろう。楽しみ。

 箸袋のコレクターって本当にいるのかしら。  


 八月七日(日)
 今日はちゃんと野菜を摂った。

 明日はまた大事な用事ができた。早寝しようっと。  


 八月六日(土)
「顔文字」って言うけど、あれはもしかしたら文字顔かも? などという疑問について考えていたのだけど、「まあどうでもいいか」という結論にたどり着いた。実際どうでもいい。それよりも、毎日ちょっとずつやることがあるせいで、帰国後の帰省が延び延びになっていることのほうが問題。来週になったら、せめて一泊しに行こう。

 夕方まで原稿の直しや調べものなどをしてから、クロスタイトリーに。新しいグリップにしてから、いいときはめちゃくちゃいいのだけど、悪いときはめちゃくちゃ悪い。その原因を突き止めるべく、まっすぐをひたすら撞く。で、結論としては、どうやら肘だな。だんだん完成形に近づいてきている気がする。慣れたフォームを崩すのは怖いけど、いい感触があるならばやらくちゃだ。腕の筋肉、ちょっと鍛えないと。今日から腕立て復活。あと、キューの振り方そのものにも問題を抱えていたことが判明。これはけっこう時間がかかりそうな修正点だ。腕の動かし方を若干間違っていた。この2点が修正できれば、かなりのパワーアップになるはずだ。

 明日は夕方まで仕事をしてから、小説の執筆を再開する予定。今は創作に対する気力がやたら上がっており、それだけ湧き出てくる言葉が活き活きとしていていい。ほんのちょっとしたきっかけで、文章は本当に驚くほど変わる。この変化と、変化にまつわるすべてのことに感謝。

 たまたま本で見たら、花火大会ってめちゃくちゃやってるのな。僕はまだ一度も行ったことないけど、今年はどこかの花火大会に行ってみようかと思いつつ、確実に企画倒れになる予感がひしひしと。  


 八月五日(金)
 アジア選手権を含め、今夏はいろいろと自分の生き方の転機となる夏のようだ。いろいろなことが起こっている。今まで、こういう変化があまり好きではなかった。そういうものを受け入れるだけではなく、自分から起こしていこうと思えているこの夏。いい感じだ。その一方、「ほんといい歳こいてこんなこと今さら分かったのか」みたいなトホホ感もありだけど、こういうことの繰り返しなのだろうな、いつまで経っても。くよくよせず、襟元正して生きていこう。我ながら、自分らしくないくらいさわやかな言葉でやんなっちゃうけど。

 ああ、また考え事してたら朝になっちゃったよ。考え事なんて考えるだけムダだって思っていても、まあ、考えちゃうよな。だって、分からないんだもの。「考えるな、感じろ!」と、ブルース・リーの言葉を頭の中で繰り返しつつ、缶コーヒーでも飲むとしよう。結局、考えなどというものはぐるぐる回るようにできていたりするものなんだし。結局、自分で行動して実感することにはとうてい叶わない。10メートルの飛び込み台の上でびくびくするより、「だって飛びこみたいんだもの。イエーイ!」と飛びこんで行けるような人になりたい。でも実際飛び込み台の上に立ったらびくびくするのかな。今はなんとなく「余裕で飛び込めるぜ」とか思ってるけど、ホントにやったら怖いんだろうな。10メートル下のプールとか、すげーちっちゃく見えるんだろうし。

 あー。僕たち、ほんとに12進法の時間の流れの中を生きてるんだろうか。12進法という先入観がなくなったら、もっと自由なのかもしれない。そう思うたび、巡る季節とは実にうまく12進法に当てはまってるもんだなと深く感心せずにはいられないのだけど。


 八月四日(木)
 かつて、なにもかも嫌になりながら暮らしていた時期がずいぶんあったけど、あの当時の自分は本当にバカだったなと思う。世界は、あのころの僕が考えていたよりも、遙かに素晴らしいところだ。

 九月から『CUE'S』という雑誌に「Snooker BIG ISSUE」というコラムを連載することになりました。ビリヤード雑誌なので大半の読者の方々には関係ないと思いますが、書店などでごらんになってみて下さいまし。


 八月三日(水)
 いえーい。今日はscriptの渡辺君と一緒に飲んでますよ。最高! やっほーう! 防災!
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↑最高なのはいいけど、酔っぱらってキューをどっかに置き忘れるのはよくないと思うよ、昨日の俺よ。まあ、二軒目のバーだろうけどさ。今立ち上がってみたら、頭ふらふらだったよ。あいててて。


 八月二日(火)
 挨拶を兼ねて、クロスタイトリーに帰国の報告に行ってきた。ついでにラインナップをやったらセンチュリー出た。ニューグリップ、ニュースタンス、けっこうしっくり来ている。

 さてさて、昨日までかかったタイ遠征だけど、まあ、詳しい戦績はとりあえずThink Firstを見ていただくとして、僕が思ったこと。
「スヌーカーは、テクニックだけのスポーツではないな」というのが、今回のアジア選手権を見ていて一番強く感じたことだった。大会のパンフレットに掲載されている選手プロフィールを見れば、各国のまさにトップ選手たちばかり。「うお、すげえ経歴」などと思いつつも「じゃあなんでこの人たち、メインツアーに今出られずにいるんだろう」と、ふと疑問に思った。いったいどこら辺が分かれ道になっているのか。今回の遠征中、ずっとそのことを考えていた。
 スヌーカーは今や、トップ選手は勲章を貰うほどのフォーマルなスポーツになっている。この「フォーマル」というのが、スヌーカーにとっては非常に大事なのだろうなと、根拠はないが強く実感した。たとえば、きちんと気の利いた挨拶ができることだとか、形式だけではないレディ・ファーストを身につけたりだとか、そういうことがスヌーカーには大事なんじゃないだろうか。もしかしたら、テーブルマナーや言葉遣いだって大事かもしれない。紳士のスポーツであるならば、自分も紳士にならなくちゃ、という感じ。武士道を知らない者が強い剣客にはなれないように、スヌーカー道を知らない者は強いスヌーカー・プレイヤーになれない。そんなからくりが、根っこにはあるような気がする。
 同じキュースポーツでも、世界でトップクラスの選手が日本からも出ているポケット・ビリヤード、俗に言うアメリカン・プールの場合は、アメリカという国自体の歴史がイギリスに比べてまだまだ浅いし、そもそも日本は戦後アメリカ的になってしまったので、その根本的なものが理解しやすいからなのかもしれない。

 こないだまで持っていた講義で「英文学を翻訳するならイギリスの風土などは知っておいたほうがいい」というようなことを話していたのだけど、元々、文学とは娯楽である。で、スポーツも娯楽である。ということは、スヌーカーという英スポーツを日本人がやるというのは、形こそ違えど翻訳とよく似ている部分もある。球の入れ方ひとつ、キューの振り方ひとつにしろ、あくまでも日本人としてやるだけでは不十分な段階というのが、現状かもしれない。
 たとえば僕たちは「こういうふうに入れたほうがいい」「こういうふうに振ったほうがいい」というのは分かっているのだけど、「じゃあなんでそういう風にこの競技はできてるの?」ということになると、意外と分からない。成り立ちが分からないのだ。なぜ分からないのかというと、それはつまり「発想がない」からだ。歴史がないから、そして文化が違うから、その発想ができないのである。これだけ日本でキュースポーツが普及しているにもかかわらずだ。
 まあスヌーカー自体もまだ生まれて130年弱という比較的新しいスポーツらしいけど、それが生み出されるまでには、気の遠くなるような民族の歴史がある。スヌーカーという競技を編み出したのはどんな民族で、どんな国なのか。そういうことをなんとなくでもいいから理解してそこに近づこうとする努力というのは、競技の根本について理解を深めるということにも繋がるはず。決して損はしないだろう。文章でもそうだけど、形をなぞるだけならば、割と誰でもできてしまう。問題は、技術を持った上で根っこの部分がどうかにかかっている。
 今度、騎士道の本でも読んでみようかな。なにか、メンタル的、知識的にヒントになるものが、そこには必ずあるはずだ。繰り返し読んでいる『アーサー王と円卓の騎士』なども、そこら辺、参考になりそうな気がする。プレミアリーグに出てる選手たち見ても、騎士みたいな荘厳な風格が画面越しですら伝わってくるものな。

「スヌーカーは球撞きにして球撞きにあらず」。このあたりをキーワードに、スヌーカー二年目は過ごしていきたい。骨の髄からスヌーカー・プレイヤーになるためには、球撞きの練習だけじゃダメだ。まだまだ仮説の段階だけど、身をもって実験していこう。


 八月一日(月)
 ただいまー。

 帰宅するなり寝てしまった。そのまま爆睡15時間くらいしたかも。ようやく目が覚めた。やはり、ひとり寝最高! やー、しっくり来た! 今日はさっそくiBookを修理に出してこよう。しばらく不便になるけど、まあ2号機があるからな、とりあえず。

 さてさて、僕は今日でスヌーカー年齢満一歳。去年のちょうど今日、松嵜さんと一緒に初めてのスヌーカーに行ったのが、すべての始まりだった。あれから一年で、まさか自分が代表チームマネージャーとしてアジア選手権に行っているなどとは思ってもみなかった。記念すべききっかけを与えてくれた松嵜さんに深く感謝。最大の恩返しは、試合で勝つことだと思っているので、今月末のJSA(JSPCから団体名が変わりました)公式戦をお楽しみに!