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送ると届きます:
 三月三十一日(金)
 なんやかやで昨日まではヒマ無し。今日は半日ほど空きができたので、ちょっと今プライベートで大変なことになっている友人を励ましに、池袋。珍しく酒をほとんど飲まず、夜まであれこれ話をしたり、ちょっと買い物をしたり。
 にしてもスヌーカーやってないな。GSPC杯で撞いたのが最後かも。だとしたら、もう十日目だ。その間に、二時間だけ撞いたっけ? いずれにしろ、ちょっとやばいな。と思ったら、その間アレだ。公式戦あったじゃんね。ちなみにベスト16で敗退。遠藤選手相手で、負けはしたものの、いいゲームだった。最近、ちゃんとスヌーカーらしい好ゲームが多い。いい兆候。個人的にも、今年は練習時間がろくろく取れていないわりに、いい感触を掴んでいる。バカみたいに撞きまくるばかりが練習じゃないな。自宅でビデオを観ながらのお勉強は、かなり大事。

 そうそう。先日のGSPC杯での試合の一部が公開されました。あまり球入れてないですが、どうぞ。


 三月二十九日(水) 朝
 徹夜にて作業を終え、原稿を送信。昨日今日で三つ仕事をした。よく働いた。三つの原稿の間を一日であっちこっちと行き来していたもんだから、なんだかアイデンティティが崩壊しかけている。電話には「うん、うん」としか返事ができず、なにを言っていいのか分からない。こういう仕事の仕方をすると、ひどく不安定になる。今日は眠らず、明るいうちに外に出てきたほうが良さそうだ。まだまだ仕事は山ほど残っている。でも人には会いたくないな。なんか気が立ってる。仕事が片づくというのは嬉しいけど、片づいた後はだいたいこうなる。やれやれ。

 とりあえず、出かけよう。パチンコとかしたい気分。


 三月二十八日(火)
 滅多に人が来ないため散らかりっぱなしになっていた僕の部屋だが、本日、作業がせっぱ詰まっていたこともあり、思い切って片づけに乗り出した。とりあえず、ここ二ヶ月ゴミすら出していなかったので、それだけでもしないと。僕はほとんど紙のゴミしか出ないので、腐ったり臭ったりがなく、その分ゴミ捨て不精になりがちなのである。というわけで、まずは溜まっているゴミ袋を四つ出す。70リットルサイズの袋なので、これだけでもすごい量。それからさらに、床や机のゴミを拾って歩いているうちに、ふた袋が満杯になり、これも捨てる。計六袋。これだけでも、ずいぶん部屋が広くなったように感じる。というか、ここ一ヶ月ほどずっと探していた本が枕元から出てきたり「もうきっと妖怪になってどこかに行ってしまったに違いない」と思っていたCDやライターが物陰からホイホイ出て来たりで、発見の多い片づけであった。
 たぶん、最後に部屋の片づけというものをしたのは、去年の二月に仙川から引っ越して来たときであった。だからだろうか。あれこれと整理しているうちに、なんだか明日に引っ越しが迫っているかのような錯覚に囚われ、やばいやばいと心の中で連呼する自分を見つけた。人の行動と記憶との結びつきとは、なんとも面白いものだ。
 さて、中途半端に片づいたので、そろそろ仕事をしよう。


 三月二十五日(土)
 最近、土曜日の夜はどうもつまらない。

 翌朝のマジレンジャーが終わってしまって、個人的にファンだったマジブルーが見られなくなってしまったから。


 三月二十一日(火)
 GSPC杯は、ドラゴン優勝! 僕は予選リーグで敗退。惜しかった! 予選3勝3敗で4人のプレイヤーが並び、僕は、松嵜×ドラゴン戦で、松嵜選手が勝てば通過確定という状況。松嵜選手破れる。あとはもう、自分が勝つしかない。だが相手は桑田哲也(ハゲ)。結局勝てず。残念。でも、岡山に続いて群馬でもドラゴン倒したし、まあ満足。

 そうだ。WBC優勝おめでとう! 僕たちも試合中で中継は見られなかったけど、本当によかった! それにしても韓国メディアでの報道のされ方はひどいな。気持ちは分かるけど、リーグ戦てそういうもんだよ。
 予想していたことだけど、バッティングセンターが大盛況らしい。スケートで金取ったらリンクが大混雑。カーリングが人気になったらカーリング教室が大人気。WBC優勝したら今度はバッティング。日本人て主体性ねーなーとか思うが、そこが微笑ましくてよい。

 桑田君と「車でドライブ」という表現はアリかナシかで激論を交わす。俺は、これは意味の重複だし、美しくないと思っている。


 三月十九日(日)
 スヌーカークラブにて、JSAマンスリーの予選。ここ二ヶ月、なんか不調で予選落ちが続いていたけど、先月のドラゴン征伐でなにかが変わったのだろう。今月は、グループ1位通過。HBも無事更新した。終止、完全なノー・プレッシャー。これまではずっと心臓バクバクだったので、なんか拍子抜け。緊張ひとつしなかった。これは成長なのか、それともたまたまなのか。いずれにせよ、今度の日曜に行われる決勝で分かるだろう。いや、それ以前に、明後日群馬のGSPCで行われるGSPC杯で分かるか。がんばろう。
 にしても、今回の予選はなんかいい予選だった。きっちりスヌーカーを撞いた人たちが通過していった印象。実力的には、抜けてるのはほんと少数のプレイヤーのみ。あとは、ショット・セレクションの差で勝負が決した感がある。僕も、二戦目ではちょっとピンチだったけど、相手のセレクション・ミスに救われる形でフレームを取ることができた。スヌーカーは「入る/入らない」の他に、セレクションが合っているか合っていなかが、非常に大きい。

 さてさて、明後日を空けるために、明日は終日仕事をしないとだ。先月の仕事が終わってしばらくヒマになるはずだったけど、なんだかあれやこれやで相変わらず。疲れてるのか、まぶたがピクピクしっぱなしだ。


 三月十四日(火)
 注文したタイヤがまだ届かない。明日届くそうだ。ようやくレガシィ号が復活する。来週の群馬遠征もバッチリ。俗に言うチリバツだ。買ってから一年、まだ2回しかしていないが、きっと洗車もしてやるからな。ドラゴンお待たせ。明日か明後日、がっつりフレーム撞こう。

 今日は、朝から早川義夫さんのCDを聴いていたら鬱になってしまいそうになり、すんでのところで慌ててオザケンに変えた。黒い両手に両頬をそっと包まれながら、誰かに顔をのぞき込まれているようなあの感じ、久々だ。だんだんと恐怖心が薄らぎ、やがてすっかり平気になると、もう鬱になっている。それにしても『いちょう並木のセレナーデ』は、本当にいい曲だなー。スチャダラパーの頃より、オザケン時代のほうが好きな俺です。

 先日受けた取材が、朝日新聞夕刊に載る。同じ夕刊に、渋さ知らズの不和さんの記事も載っていてウケた。なんだか渋さとは縁があるのか。先日新宿で酒を飲んだ渡部真一君も、渋さ知らズである。僕と渋さの出会いはいつ頃だったか。仙川に住んでいたころだから、たぶん2002年とかかな。近所のバーにたまたま入りカウンターでひとりで飲んでいたのだけど、そこで隣に座ったのが、佐々木彩子、通称「ちゃん」だった。
 思えば、あのくらいからずいぶんあれこれ変わったな。ちゃんとの出会いが、なにかいろんなもののきっかけになったみたいに、グワッと世界が広がった気がする。あんな場末っぽい女性なのに、やはりちゃんは不思議なそういう力を持っている子なんだ。ちゃんはもう、一年ちょっと前に渋さを抜けてしまったけれど。

 夜、ちょっと仕事をしてから球撞きに出かけ、それから『角家(すみか)』に飲みに行った。また閉店まで飲んだ。ここに行くと、たいてい閉店までになる。こんど、ぜひ中川五郎さんをお連れしたい店。五郎さん、もう一年近く会ってないな。久々に会いたい。


 三月十三日(月)
 今朝、目が覚めてすぐにしたことは、アップル・ミュージックストアで荒木一郎の『君に捧げるほろ苦いブルース』を購入したことだった。夢の中で延々と『どっちみち檻の中』が「留置場の中の鉄格子の世界〜」と流れ続けており、それで目が覚めたら、どうしても欲しくなってしまった。この曲には不思議な魅力がある。たぶん2、3年前に2回くらいしか聞いたことなかった(いずれも兄の家で)のだけど、強烈に印象に残っていた。それにしてもいい声。留置場の中の鉄格子の世界〜。


 いよいよ明日、最新の訳書『タイムセラー』が発売されます。『Good Luck』の著者のひとり、フェルナンド氏の作品で、めちゃくちゃ面白い小説。説教臭さのない、オシャレな啓発書ともいえるかも。「啓発書」というと、どうも敬遠しがちな人もいると思うけど、この本はほんとに面白いから読んだほうがいいです。


 三月十日(金)
 夕方より新宿御苑近くのオシャレなイタリアンにて、ポプラ社の編集者さんおふたりとお食事。今度新たに始まるプロジェクトのため、決意を新たにする会。来週から作業開始だ。また忙しくなる。その後、鉄割アルバトロスケット渡部真一君と新宿で会い、ようやく膝の骨折から復帰したことを、歌舞伎町の牛角にて祝う。かつてふたりでよくビリヤード勝負をしていて、やがて僕はスヌーカーに、彼はゴルフに、それぞれの道を歩んだ。俺が知ってる中で、いちばん俺に近い男。彼も今年から、公式戦に参戦するという。楽しみだ。

 それにしても、疲労がなかなか抜けない。家にいるときは、ほぼずっと寝ていると言っても過言ではない。大学院の卒業通知が来たときがこんなだった。ドッと緊張がとけてしまい、しばらく使い物にならなくなってしまう。あのときも今と同じように、一日12時間とか14時間とか、猫みたいに眠りっぱなしだった。とはいえ、来週からはまた仕事。しかも、割と過密っぽい。なんでも、22日までにあらかた翻訳したものを送らなくてはならないらしい。しかも、21日は群馬での試合に招待されているので、要は、20日までにあらかた終わらせていなくてはならないというわけだ。一週間か。がんばるしかないな。同時進行している推敲作業もアリだが、まあなんとかなるだろう。これが終わったら、休むぞ。←いつから同じこと言ってるのか


 三月八日(水)
 いやああああああ。車の左前輪がパンクしちゃったよ。駐車場に入れる時、段差にぶつけた。車から降りたら、空気の漏れる音が……。見たら、ばっくりヒビ割れ。さっきヤフオクにて、中古タイヤを一本だけ落札。左前輪だけちがうタイヤになるが、やむをえまい。なんか凹む……。あとでとりあえず、スペアタイヤに履き替えなくちゃ。カッコ悪いなあ。つか俺、ホイル交換なんてできるのか?

 そうそう。来週火曜日の朝日新聞夕刊に登場予定です。て、犯罪予告じゃないですよ。朝日を購読されている方は、探してみてください。なんと写真付きです。自分が新聞に載るときは、きっとなにかやらかしたときだとばかり思っていたので、こういう無難な登場の仕方はホッとする。

 そういや、ここ一ヶ月以上も悩まされていた「キューがまっすぐ振れない症候群」から抜け出した。今はビタでまっすぐ振れている。理由は、グリップとヒジを外に向けすぎていたこと。そりゃ内に向けて振れるわ。僕はやはり、多少ヒジが内側に入っているくらいのほうがいいらしい。


 三月七日(火)
 スヌーカークラブに遊びに行ったら朝倉さんがお休みだったので、遠藤選手、吉田選手と立て続けに相撞き。ぜんぜんだめ。景色が変わるだけで、球がぜんぜん入らなくなる。たぶん、ブレイクは20も出なかった。まあ、コンタクトを忘れていってしまったのが相当でかいにせよ。球とか、丸く見えないんだもの。

 確定申告が近づいているため、必死こいて徹夜で領収書の整理。毎年、この時期は地獄だ。八日午前九時過ぎにようやく終わったので、一眠りしてから今度は集計に入る予定。数字とか見るだけでもめまいがして無理なのに、計算なんて不可能に近い。どれだけ計算とかが苦手かというと、前にちょっとした理由で受けたテストで、30歳にして「3×(5−2)=」とか、そのレベルの計算を間違ったことがあるくらい苦手。二桁の足し算すらも、最近の僕には難しい。最近は、スヌーカーでも練習しながら点数を数えるのやめた。計算しょっちゅう間違えるから。これに至っては、二桁どころか一桁の足し算なのに余裕で間違う。足し算なのになぜか数値が減ったりして。

 数学、なくならないかなあ。


 三月六日(月)
 こないだ、スヌーカープレイヤーの石原君と「なにかに打ち込んでいない人は、それで平気なんだろうか」みたいな話をしてから、けっこうあれこれ考えている。

 なにかに打ち込むというのは、別に、なにかに上達するというだけの話ではない。ひとつは、その「なにか」を通して自分なりの哲学を持つということでもある。だから、なにかに打ち込んでいる人というのは、自然と話が面白くなる。打ち込めば、人は考える。考えれば言語(という言い方をするが、別に「言葉」というだけの意味ではなく、考える道筋全般のこと)は豊かになる。言語が豊かになれば、そこにその人なりの色が生まれてくる。色を持つ人は、それだけでもう面白い。色とはつまり生き方そのものであり、その人が生きる哲学であり、その人が内面に持つ宇宙をかいま見せてくれるサインでもある。よく、なにかに打ち込んでいる人を指して「あの人は個性的だ」などと言われることがあるが、それはちがう。「打ち込んでいるから個性的」なのではない。「打ち込んでいるから、その人の個性が周囲にも見える」のだ。打ち込めば、内と外をつなぐバイパスができあがる。打ち込まない人ほど「自分は理解されていない」と思い込みがちになる。そりゃそう。見えないのだから、理解のしようがない。

 ふたつめは、虚無感に打ち勝てることだろう。虚無感や寂寥感なんてものの多くは、ヒマだから感じているような部分もある。人間、することがないと思考がマイナスに向くように出来ている。本気でなにかに取り組んでいる人は「ヒマだから誰かにメールしよう」というようなことはしない。してもしょうがないのを知っているからだ。それと、その時間があったら打ち込みたいからだ。彼らは活き活きしている。「虚しいから一緒にいよう」「寂しいから電話しよう」みたいなのは、行為そのものが虚しく、そして寂しい。会ったところで、電話をかけたところで、後で決まって元の気持ちにもどるのだ。喩えるならば「すぐ切れる麻酔薬」みたいなもんで、根本的な解決にはならず、非生産的なことこのうえない。僕は、そういうことに時間を使うことを、ほとんどやめてしまった。ほんとに会いたいから会い、ほんとに話したいことがあるから電話をかける。なにかに打ち込むというのは、人とのつながりを本物にすることでもあるんじゃないかな、と思う。人はやっぱ、虚しさや寂しさでつながるべきではなく、つながるのであれば、歓びや楽しみを持ってであるべきだ。そこから、相手に対する敬意みたいなものも生まれるように思う。

 つまり、ヒマ潰しをしているヒマがあったらなにかに打ち込もうぜ! って話。コンタクトレンズに詳しくなってみるのもいいし、自分の好きな料理を誰よりも上手く作れるように研究してみるのもいいし、エロDVDをわんさか収拾してみるのもいい。そうやってなにかに打ち込んでいれば、いつか「あー、コンタクトも料理もエロDVDもスヌーカーも同じなんだなあ」と気づくだろう。

 今日は、高校時代の友人、岸沢君をクロスタイトリーに呼び出し、一緒に練習した。岸沢君はまだまだスヌーカーのド素人で、短い真っ直ぐもろくろく入らないのだけど、間違っている部分を指摘してあげたら、舌打ちしたりあれこれ悩んだりしながら、延々と短い真っ直ぐを撞き続けていた。そして、小一時間も経つうちに、どんどん入るようになってきた。その姿にグッと来てしまった。僕は彼よりずいぶん高いレベルであれこれ悩んだりしているけれど、結局内面で起こっていることは同じ。そこに共通の言語が誕生し、お互いの理解がひとつ深まるのだ。すばらしい。
 ちなみに、ここからはスヌーカー知らないとわけわからんと思うけど、最初はピンクのストレート・ポッティングを10球中10球はずしていた岸沢君だが、三時間くらいの練習の結果、ブラックスポット横のレッド(ブラックに対して順フリ)をスタンショットでポットしブラックにポジション、ブラックをスタンでポット。計8点。これがかなりの高確率で決まるようになった。すごい。また呼び出して、次のステップを教えよう。


 三月三日(木)
 朝倉さんが名付けてくれた『日本一入れる文筆家』という肩書きが、とても気に入った。これからもどんどん入れていきたい。つか、後にも先にも俺くらい球を入れる文筆家っていなかったんじゃないだろうかと思う。


 三月一日(火)
 岡山遠征の疲れが抜けず、一日じゅう眠くてたまらなかったが、そんな中、久々に死ぬほど飲んだ。かと思ったら、岡山でもそれなりに飲んでたな。ともあれ、気分的には久々に死ぬほど飲んだ。でも、帰り道でコンビニに寄って『ウコンの力』を買うくらいの理性は残っていた。強靭だ。

 しかし、こういきなり時間ができると、なんだか分からないが、なにかに対して後ろめたくてしょうがない。休んでいて当然かまわないのに、どうもキョロキョロしてしまう。居心地が悪い。なんだこりゃ。だから、飲むことも増える。飲むと、なにも考えなくなるから。で、一日つぶれる。あんまり飲みたくないなあ。腹出るし。