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 九月二十六日(火)
 けっこう大変なリーディングの仕事が終わったと思ったら、すぐさま推敲の仕事が入る。これを来月頭までに終わらせて、次にまた一本リーディング、それが終わったらまた翻訳……。なんやかやで、けっこう忙しいな……。「これが終わったら作品書こう、これが終わったら作品書こう」と思っている間に、すっかり2年くらい経ってしまった気がする。翻訳とスヌーカーだけならまだしも、そこにプラスして自分の作品が入るとなると、けっこう無理かもしれないな……。やり方を考えなくちゃだ。

 メールで質問を寄せてくださる方に。返信先のアドレスが記載されていない場合、お答えしかねますのでよろしくお願いします。基本的に、ネット上では返答いたしかねます。ご理解ください。


 九月二十五日(月)
 昨日は久々にJSAの試合に出場。今年から新たにスタートした、関東甲信越地区のランキングイベント。先の日曜に行われた予選は、かなり厳しかった。6つしかない通過枠を17名の選手で争った。ほぼ、誰が残ってもおかしくない状況。なんとか勝つことができ、ホッと安堵。アメリカから帰国した初戦が予選敗退では、格好がつかない。
 さてさて、これまでのようにベスト16からスタートするのではなく、ベスト8からスタート。相手は、ライバル有賀選手。最初のフレームは僕が取り、2つめもほとんど取りかけるが、僕が「あと一個入れれば勝ち」という状況で運悪く手球がインオフ、つまりポケットに落ちてしまい、ファウル。そこから逆転されてしまった。3フレームめは有賀選手が調子を上げて、どんどん入れられる。ひとつのファウルで流れが完全に変わってしまったかな。惜しかった。
 決勝は、福田豊、栗本高雄といういつもの顔合わせ。ドラゴンは3−1とリードするも、そこから3−4負け。途中から、すっかり集中力をなくして精彩を欠いていた。
 それにしても、選手8名と朝倉さんしかいない試合会場というのは、なんとも寂しいものだな。ランキング戦ならではの緊張感はそうとう楽しいのだけど、あの盛り上がりに欠ける感じはどうしたものか。


 九月二十一日(木)
  二日間徹夜し、リーディング・レポートを書き上げる。作家としては僕がおそらくいちばん尊敬していると言っても過言ではない、英国人作家の本。めちゃくちゃ面白かった! これ、大変そうだけど翻訳したいなあ。

 で、仕事終えて最初に読んだニュース記事がこれ。朝から笑った。

 小笠原がセリエAデビューを果たした。鹿島からイタリア・メッシーナに移籍したMF小笠原満男(27)は20日、ホームで行われたレジーナ戦に後半8分から途中出場。ボランチのポジションで14分にヘディングシュートを放つなど積極的にボールに絡み、2ム0の勝利に貢献した。セリエAでプレーした日本人選手7人目で、初めてデビュー戦を勝利で飾った。
 小笠原の名前はイタリア中に知れ渡った。わずか38分間のプレーだったが、地元紙から絶賛された。ガゼッタ・デル・スッドは「柳沢はともかく、こちらは本物のサッカー選手のようだ。足元の技術もあり、ずる賢さも持ち合わせている」と2月までメッシーナに所属していた柳沢と比較し、期待の大きさをうかがわせた。


 九月二十日(水)
  今日から久々に自炊だ。

 と言っても、赤いきつねと納豆だけどな(意外に合うのだ)!


 九月十九日(火)
  先月、声優の鈴置洋孝氏が亡くなったのは記憶に新しいが、今度は曽我部和恭氏が亡くなられた。僕の人格形成に多大なる影響を及ぼした名作漫画『パタリロ!』のバンコラン少佐役や、ロボットアニメの金字塔ともいえるJ9シリーズで大活躍された方。僕らの世代ならば、昔見ていたテレビアニメには、必ずと言ってもいいほど出演されているはず。謹んでご冥福をお祈りいたします。


 九月十八日(月)
  これはウケた。いったいなんのために……。

 さすがに重い腰を上げて部屋の片付けをやっているのだが、捨てても捨てても一向に片付いた気がせず。整理整頓を仕込まれて育ってこなかったからな……。こりゃ無理だ。


 九月十七日(日)
 最終戦、スコットランド! 全員、スティーブン・ヘンドリー(世界チャンピオン7回)と練習しているのだそうで。でも、意外と大したことなかった(完封負けされたけどな)。桑田君は、30点と53点、二発のブレイクを出して2フレーム奪取と、ひとり気を吐いた。僕はもうすっかりヘロヘロで、フレーム中盤でコンシードを考えたほど。旅も終わりに近づき、もうぐっちゃぐちゃ。寝ても寝ても寝たりない状態。正直、試合の内容もよく憶えていない。
 というわけで、六戦全敗にて、日本チームは全日程を終了! その夜飲んだビールはうまかった! 辺りの景色が、すごく澄んで、広く見えたのが印象的だった。あんま意識してなかったけど、やっぱりけっこうプレッシャー感じ続けていたんだろうな。

 そんなこんなで、今日はJSAの予選。帰国してからずっと球が入っていたのだけど、一昨日軽く調子を崩したまま臨む。やっぱ、あんま入らない。でも予選は通過できた。とにかくホッとした。代表から帰国していきなり予選落ちは、ちょっとカッコ悪いものね。


 九月十三日(水)
 第五戦、オーストラリア戦。毎晩のように一緒に飲んでいるダニエル・ソープ選手のいるチームということで、楽しみ。ちなみに、去年オーストラリアからジャパン・オープン(通称アダムカップ)に出場したアンドリュー・ヒックス選手は、今は諸々の事情でスヌーカーのほうはお休みしているのだそう。今回はダニエルのほかに、三度のイングリッシュビリヤード世界チャンピオン、ロビー・フォルドヴァリ選手、そしてマシュー・ボルトン選手が出場。左から、ダニエル、ロビー、マシュー
 第一フレームは、ロビー。オーストラリアはこれまでの四戦で、ブレイクが一発も出ていない。もしかしたら、けっこうチャンスあるんじゃないかと思っていたが、大間違い。いきなり70点ブレイクを食らい、セフティ・リードまで取り切られて撃沈。ここで、タイ戦でのセンチュリー後遺症が出る。チャンスを残してしまうことにビビり、思うように球が撞けず、ズルズルと残り2フレームも落とす。これまでの日程から来る疲れも相当溜まっており、もう試合が半ば嫌になっていた。この日は、ガチで凹んだ。
 桑田君は、ロビーからフレームを奪う大金星。レッド残りひとつの段階で7スヌーカー(相手は桑田君に七回ファウルをさせ、さらに残った球を全部入れないと勝てない)をつけて、もはやほとんど勝ち確定。だが、ここからが三度のイングリッシュビリヤード・チャンプの本領発揮。先球を見事にコントロールするセフティで、赤をしっかり隠された上に、赤を黒にべったりくっつけるキツいセフティなどで、あれよあれよと言う間に3スヌーカーまで追い上げられる。が、最後はレール際のロングを気合いでねじこみ、ロビーがコンシード。フレーム奪取!
 田中さんは、粘りのスヌーカーでダニエルからフレームを取る。今大会通算2フレームめ。仕事きっちりで粘りまくる田中さんのスタイルは、見ていてグッとくるものがあった。この姿勢は、ぜひとも見習って行きたい。強いわけだよ。


 九月十二日(火)
 しばらくぶりです。なんやかやで忙しくしているうちに、十日近く空いてしまいました。

 四戦目はタイ戦。去年のアジア選手権で知り合ったシン(イケメン)と当たれるということで、前日から楽しみ。こいつには勝ちたいなと、気合いを入れて臨む。確か、初戦でシンと当たったんだったかな。なかなか調子がよく、リードはされながらも、勝ちきられはしないままカラーボールゲームへ。僕は最後のブラックまで必要、シンはあとひとつ入れればフレームという状態で、シンがグリーンを外して交代。グリーン、ブラウンブルーと入れて、レストのピンクを外す。そこからふたつみっつセフティが続いて、シンにピンクをポットされ終了。惜しかった!
 第二フレームでビッグ(本名アサジット)に記念すべきセンチュリー(110)を食らう。もう、笑いながら見ているしかなかった。結局最後のピンクを外してしまいそこで終了になったのだが、それにしても、センチュリーを食らうというのはえらい経験だ。その後はふわふわと宙に浮いたような気持ちがどうしても落ち着かず、ファイトゥーン戦ではなにをしたのかほぼ憶えておらず。唯一憶えているのは、テーブル上のゴミを拾いながらブルーを触るファウルを犯してしまい、自己申告したことくらい。
 ちなみにこの一戦でアサジットやファイトゥーンともけっこう仲良くなり、一緒に飲もうということに。が、なぜか部屋からまったく出てこないタイ・チーム。結局クロージング・セレモニーまでほとんど会うことはなかった。が、そのかわり、今度タイに遊びに行く約束をした。あちこち観光や遊びにつれて行ってくれるのだとか。ちなみに三人とも、タイではけっこう有名人らしいぞ。シンはそれゆえ、この夏いろいろあったのだとかで、調子悪そうだったのが印象的。


 九月三日(日)
 三戦目、インド戦。気持ちいい負けっぷりで、日本チーム、全フレームを落とす。歯が立つ歯が立たないとかの問題ではない。ちなみに僕は厳しいスヌーカーをかけられ、3回連続で同じファールをしてフレームを落とすという珍ミスをしでかしてしまった。僕からは、フルボールで見えているレッドはないように思えていたのだが……、まあいいか。いい経験。それにしても、本当に笑えるくらいまったくダメだった。みんないい球を撞いていたのだが「だからどうにかなる」というレベルではない。あまりに爽快な負けっぷりだったので、その後にプールサイドで飲んだビールがうまかったこと! 試合に関して言えば、今大会で僕たちが経験したいちばんのできごとだと言っても過言ではないだろう。とにもかくにも「昨日より美味いビールを飲む」という目標は達成。負けてこういうことを言うのもどうかとも思うが、とにかく経験としては最上級の経験だったとしか言えない。試合が終わったとき、スコットランド人の審判が「よく戦った」と握手してくれたのが忘れられない。

 以前から、入れの強さやポジショニングの巧さとか、そういう部分だけでは計れない部分がスヌーカーにはあるなと感じていたけれど、この辺りから、さらに強くそれを痛感するようになってきた。その正体はいったい何なのか。これは考えてみる価値のある課題だと思う。

 この日くらいから、ぐったりと疲れ始める。基本的に試合で一日四時間ほどは気持ちが張りつめている上に、残りの時間も通訳としてフル稼働していたせいで、頭がくたびれ果ててしまったのだ(これはやったことがないと分からないと思うが、たった一日でもかなりキツい)。この疲労は、チャンピオンシップの終わりに向けて、どんどん溜まり続けることになる。今回、僕の戦績は散々だったが、言い訳は抜きにして、この疲労の影響はかなり大きかったように思う。大会が進むにつれて成績が下り坂になっているのには、そういう理由もある。「ああ、もう試合しないで寝てたいな」みたいに、投げやりに思ったこともしばしば。でもまあ、元気だったとしても似たり寄ったりで、あとひとつふたつフレームが取れたか取れなかったか、その程度の差しかなかったのかもしれないけれど。でも、悔いは残るな。惜しいフレームもけっこうあったし。
 とはいえ、チームメイトの田中さんや桑田君を責めるわけではなく。僕も、彼らが英語ができないのを知っていて「行きます」と決めたわけだし。今回は、ふたりが「英語やらなくちゃ」ではなく「英語やりたい」という感じになってくれたのが、とても嬉しかった。三人とも、チャンピオンシップの終わりごろには「英語ができないなら行くべきじゃないよな」くらいになっていた。ちなみに桑田君は終盤、英語で寝言を言っていたらしい。そして同じころ、田中さんもぼちぼち英語でコミュニケーションを取り始めた。カナダのマイクが「おい、ミスター・タナカが英語しゃべった!」と、喜色満面で叫んでいたのが、僕も嬉しかった。時間があったら、僕が知っている英語をいろいろ教えられたらなと思う。

 というわけで、今後代表を目指す選手の方々は、今すぐにでも少しずつでも、英語を始めておくとよいと思います。


 九月二日(土)
 うわああああ! 稲本、ガラタサライ入団だよ! もしかして、日本でガラタサライの試合が見られるようになるかも!? 俺にハサン・サス見せろ! やった!←ぬかよろこび


 どうでもいいが、このニュース。

「私の運転じっと見てた」ので、犬にハンドル任せ事故
 中国の内モンゴル自治区の女性が、飼い犬に車の運転をさせ、衝突事故を起こした。新華社電が伝えた。
 女性は、この犬が「ハンドルの上にかがむのが好きで、私の運転をじっと見ていた」ので、「やらせてみた」と釈明。
 アクセルとブレーキは女性が自分で操作したというが、間もなく別の車に衝突し、車は損壊。修理費の支払いを余儀なくされたが、幸いにも負傷者は出さずに済んだ。(北京、AP)


 九月一日(金)
 第二戦アメリカ戦。アメリカは日本と同じくスヌーカー後進国。主催国ということもあり、当初は4チームの投入を予定していたが、メンバーが集まらず結局3チームにとどまったことからも「あー、やっぱあまり盛んじゃないんだなあ」ということが伺い知れる。
 が、実際にやってみたらけっこう強い。日本より実力はかなり上という印象。それもそのはず。3チーム9人のうち、生粋のアメリカ人はたぶん2人だけ(もしかしたら1人だけ)なのだ。他は中国やイングランド。僕らが対戦したCチームは、2人が子供のころからスヌーカーをやっているイングランド人(うち1人は元プロ)、もうひとりはスヌーカーテーブルを2台所持している好き者アメリカ人。結局日本は1フレームしか取ることができなかった。
 が、ボロクソにやられたわけではない。惜しいフレームがいくつもあったし、ホームの利がアメリカチームにはモロに出た。はずした球が他のポケットに入ったり、狙ってないのに厳しく隠れたり……。俗に言う「太い」という状態。一方日本チームは全体的に細かった。

 僕が唯一フレームを取ることができたのが、このアメリカ戦。アメリカ・チームのエースで、アメリカスヌーカー協会の幹部でもあるアラン・モリス選手戦。まずは序盤のセーフティ・エクスチェンジからロングポットを一発入れて、そこから24点ブレイク。堅くなっていたのか、難しくないレッドをはずしてモンキー逃がし。でもまたチャンスを貰い、序盤で30点以上引き離す。
 紆余曲折あり、残りはピンクとブラックとなった時点で2スヌーカー。ブラックはレール際で死んでいる状態。つまり、隠すセーフティがとても難しい状態。「一回くらいは隠れるかもしれないけど、二回はむずいだろ」と、僕はそれなりにリラックスしながら、無理せずセーフティに付き合う。が、アランは元プロだけあって、セーフティを実によく知っている。一回、ブラックの裏にぴったり手球を隠されてしまい、ファールを一回取られた。ここでなんだか追いつめられた気分になってしまい、アランがセーフティ・ミスして穴前近くに残ったロング・ポットをミス。「やべー、俺負けるかも」と思っていたら、またまたアランがミス。レール際にまたもやロング・ポットが残る。構えた瞬間「あ、これは入るな」と分かった。テイクバックを取った瞬間、思わずにやけながらショット。ドまん中! アランと握手してガッツポーズ。
 煙草を吸いに外に出たら、嬉しくて嬉しくてたまらなくなった。自分がフレームを取るだなんて、信じられない。なんか、ちょっと涙出た。あとで、ニュージーランドのシニア・チームで参加している太っちょでスキンヘッドのハリーが「俺もあの瞬間泣きそうだったよ」と肩を叩いてくれた。

 今回、カナダ・チームの他に、ニュージーランド・チームともかなり親交があった。特に、ハリーとディーン・オケインのふたり。ディーンはなんと、80年代にエンバシーで二度も準決勝を戦っているすごい選手。一度目はジミー・ホワイトに、二度目はヘンドリーに負けたが、彼いわく「あとでどっちもいわしといた」だそう。彼はなぜか僕たち日本チームをえらく気に入っており、いつも向こうから探しに来て「コニチワ!」と声をかけてくれた。彼とは、かなり飲んだな。今年の秋から、スヌーカーの最高峰であるメイン・ツアーに復活するらしく「観戦に来い」と誘われた。できるだけ行くつもりだ。