5月20日(木)
ここしばらくtwitterなどで遊んだりしているわけだが、なんか、mixiで感じたようなことをついつい感じてしまう。「暇つぶしにしては意味がありすぎるくせに、有意義かというとそうでもない」という感じだろうか。まあ面白いものだからなんとなくいじくり回してしまうのだけれど、結局それは何かを発信したり表現したりすることではなくて、人の作ってくれた箱庭の中で、与えられたとおりの遊び方をしているだけのこと。そこでいくら文章書いたり可愛く撮れた自分の写真を貼り付けたりしてみても、それは自分が主役になることではなくて、どんどんその他大勢に紛れていくことでしかないんだよな。といってもそれが悪いと思うわけではないのだけど、意味あんのかしらとはよく思う。もっと他にすることあるだろうなー、と。
とにかく「今からご飯食べる」「ちょっと映画を観てきます」などなど、「だからどうした」みたいなことをついつい書きたくなってしまう人は依存傾向があると思うので、ちょっと落ち着いたほうがいいと思った。たぶん、みんなが「だからどうした」の「どうした」の部分までちゃんと書くようになったら、ネットの表現にもずいぶんと深みが増して、面白くなるんだろうなあ。これだけみんな自由に発言できる時代なのだから、それを「みんな自由に表現できる時代」に変えていかないともったいないよ。
というわけで、俺は「書こうと思ったことのもうひとつ先まで書いてみる運動」を密かに実行します。「いやー、今日○○って映画観たんだけど、よかったから観たほうがいいよ」と誰かに言いたくなったら、どんなところがどんなふうに良かったかまで書く。「うはwww角家の牛すじ大根うめぇwww」と伝えたかったら、どんなふうに他の牛すじ大根よりうまいのかちゃんと伝える。例えばそんな簡単なこと。
真面目な日記で恥ずかしいなう。
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