2011 06 07 08



 9月16日(金)
 かれこれ4年越しの付き合いとなった我が友人である腎臓結石が、今朝久々にやって来た。彼はいつでも唐突にやってくる。すこしの違和感を連れてやってきて、すぐに猛烈な痛みを呼び寄せる。5時に寝た俺は8時に目を覚まされ、これは腰痛か腹痛かと寝ぼけた頭で考え、ようやく8時半すぎに「お前かよ!」と気づいて、まだ動けるうちに車に飛び乗った。幸い、すぐ近くに総合病院がある。連休明けのせいか、待合室はすでに人であふれていたが、超つらかったので、先に入れてもらった。

 俺の結石は、腎臓の中で小さい部屋に、数えられないほどの数が入っている。どれも小さく、そもそも部屋に収まってそうそう落ちてなどこないものだから、破砕しても意味がない。ところが、収まりきらずにときどきポロリと落ちてくるもんだから、たちが悪い。小さいゆえに痛みがそうひどくないのが、せめてもの救いか。これが普通の結石だったら、自分で運転して病院へ行くなど想像もできないのだそうだ。

 それでもしかし、今日のは痛かった。鼻毛一本抜く痛みを1鼻毛とした場合、結石の痛みは10万鼻毛だという。ピンと来ない数値ではあるが、とてつもなく痛いというのは伝わるだろう。痛みの質は、腰痛というか、下痢をしているときの腹痛というか、あれがこうズシズシと延々続く感じである。これもーほんとーにつらいんだから。でも、慣れたっちゃ慣れた。

 ちなみに結石、確かに落ちてくると面倒なことこの上ないのだけど、個人的に、それほど嫌だなあと思っているわけではないんだよな。お医者さんが言っていたように単に体質の問題というだけで、別に内臓に疾患や腫瘍があるとかそういうわけでもないし。そして、付き合いが長くなるにつれて、ときどき古い友人を思うように「最近、結石どうなのかしら」なんて考えることもあって、ちょっと面白い。

 面白いのは、結石だというと「ビールをどんどん飲みなさい」という先生と「ビールはダメよ」という先生がいること。俺は「じゃあどっちでもいいってことだな」と、結局飲むようにしています。


 9月16日(金)
 ここ、書かなくなるクセがつくと、ほんっと書かなくなるのな。だめだめ、書かないと。

 さて、今月は10日に仙台のCafe Mozart Atelier(カフェモーツァルトアトリエ)で行われた『ろくそくの炎がささやく言葉』の朗読イベントに参加してきた。朗読なんて初めてだったから正直「できるわけねーな」と思っていたのだけど、会場でビールを2本ほど飲んでから出たら、まったく緊張もせず、楽しく読むことができた。音読前提に書いた作品にもかかわらず、声に出すと読みづらい箇所がいくつか。うーん、奥が深い。特設サイトに、当日のレポートが上がっております。俺、声優声か! それにしても、素敵なお店。仙台はなんやかやでチョイチョイ行くのだけど、今度はぜひお客として行きたい。翌日行こうと思ったのだけど、二日酔いでとてもじゃないけど無理だった……。

 9日に到着し、10日の午前中から午後にかけて、津波をうけた被災地のあたりをバイクで走り回ってきた。もうすっかり復興しているかに見える市街地とは裏腹に、仙台港から海沿いを走る道路の周辺には壊れた家屋がぽつりぽつりと立っているばかりで、ときおり、電車や飛行機の残骸が転がっていた。あの震災以降、原発のことばかりに気を取られていたけれど、津波の被害だって、まだなにも片付いていないんだなと、ぞっとした。こればかりは、どう言葉にするのもはばかられる。立ち止まって写真を撮ることすら、なんだか後ろめたいような気分だった。

 ともあれ、いろいろな意味でいい転換期の分かりやすい目印になってくれた仙台。これまで机に向かって原稿を書き続けてきたが、読者を前にしてダイレクトに読むということで、明らかに変わった意識がある。これを忘れず、次の活動へと続けて行こう。