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2007 01

 二月二十二日(水)


 職場環境をアップしてみます。
 左より、原書のコピー。本のままだと平きっぱなししておくのだけでホネだし、書き込めないのでだいたいコピーを使用しています。
 その奥がスピーカーシステム。パソコンに繋がっていて、iTunesから音楽が流れています。時々パソコンを操作ミスすると、ものすごい音でビープ音が鳴るので、徹夜ですごくくたびれている時は心臓が止まりそうになります。
 中央がパソコン。かれこれ一年半になるPowerbookG4。素晴らしく使いやすいマシンだけど、今度モニタの修理に出します。画面に白い斑点が出て嫌だなあと思っていたら、リコール対象商品でした。ちなみに本体に表示されているのはスペースアルク。ここの『英辞郎』という辞書を使ってます。製品版も買ったのだけど、なんとなく惰性でオンライン版を使い続けています。その裏にあるウインドウがurbandictionary.com。サイト訪問者による投稿形式の俗語辞書サイトで、死ぬほど重宝します。このふたつは、翻訳をしている時は常に表示されています。
 で、その右にあるモニタが本体と繋がっているサブモニタ。だいたいこっちに原稿を表示させて、メインモニタで辞書を引きながら作業をします。前まではメインモニタのみでやっていたのだけど、サブモニタを導入してから作業のストレスがぐんと減りました。オススメ。
 左端の「slang」という本は、その名の通りスラングの辞書。年代別に、ありとあらゆる英俗語が掲載されているスグレモノ。urbandictionary.comで探しても見つからないときはこれを引くと、ちょくちょく載ってます。でも、urbandictionary.comを発見してからは、ほとんど使わなくなったな。

 そんな感じの職場紹介でした。さて、仕事仕事。


 二月二十一日(水)
 大リーグのキャンプにデーブ大久保がリポーターとして行っていた。彼はアメリカ留学していたらしく、当然英語も上手。「おお、デーブすげえ」と思っていたら、前に日本にいた選手に「you made a fuckin' big money, right?」と言っているのが聞こえた。あんた、公共放送で「fuckin'」はないだろ……。


 二月十八日(日)
 予選、無事に通過しました。十二人参加で通過枠は三つ。四人一組で三グループを作り、各組一位のみ通過という、キツめの予選になった。今年からJSAは、ランキング上位者が同グループにならないよう、シード扱いにして各組にあらかじめ振り分ける方式を取っている。おかげで、遠藤選手、松嵜選手とは同組にならずに済んだのだが、逆に「シードになった以上負けられないなあ」と、ちょっとプレッシャーもかかる。
 僕は、野島選手、エリック選手、野口選手(以下、東大生)という、厳しめの組。野島選手は予選通過常連組で、昨年のジャパン・オープンの超厳しい予選も勝ち抜いたツワモノ。エリックと東大生(以下、現役合格)はハーフセンチュリー・プレイヤーだ。とはいえ、楽な組があったかというと、そういうわけでもない。僕が参加し始めた頃は「予選参加人数=予選通過人数」みたいな過疎スポーツだったのに、ずいぶんと層が厚くなってきたものだ。

 さて、予選のほうだが、今日は初戦から調子が割と良く、野島選手を無事に撃破。エリック戦は彼がやたら強く、僕もミスらしいミスはほとんどしていなかったのに、あれよあれよという間に負け。四人リーグでは一敗がそのまま大きく響いてしまうので「ああ、こりゃあ予選落ちたかなあ」と思いつつ、現役合格(以下、塾講師)戦。僕が勝つと、僕、エリック、塾講師(以下、原チャリ)の三人が二勝一杯で並び、なおかつ「僕がエリックに負けた」「エリックが原チャリ(以下、岡山出身)に負けた」という状況なので、僕が岡山出身(以下、ヘッドアップ)に勝つと、当該成績を見ても三つどもえになり、三人が同率で並ぶことになる。そうなった場合は三人でブラックボール・ゲーム。
 ブラックボール・ゲームとは、手球とブラックだけを使ったゲームのこと。このふたつだけをテーブル上に配置し、ブラックを落とした方の勝ち。本来は、試合で同点になった場合に行われるのだけど、JSAでは今回のようなケースに時間短縮のために採用している。参考になればと動画を探してみたのだけど見つからず、代わりにこれを掲載してみる。「黒入れれば勝ち」という意味では、まあブラックボール・ゲームだ。
 ヘッドアップ(以下、練習キング)のブレイクオフで試合開始。が、ここで遠征帰りの本領発揮。練習キング(以下、祝☆姉結婚)に四ターンくらいしか回さず、35点のブレイクなど出てあっさり勝利。
 で、成績が三人並んでしまったのでブラックボール・ゲーム突入。まずは祝☆姉結婚(以下、俺の下僕)戦。ジャンケンで負けて、僕の先攻でスタート。ブラックボール・ゲームは後攻のほうが有利なので、ジャンケンで負けるとほとんどの場合先攻を取らされるのだ。ウチの組は、予選そのものはずっと1番テーブルでやっていたのだけど、これは2番台。すっかり1番台の力加減に慣れていたせいで、いきなりミス。レールにつけに行ったブラックがずいぶんショートしてしまい、入れられる位置に残してしまう。が、俺の下僕(以下、予選落ち)がこれをミス。黒が穴前に残り、万事休す。次はエリック戦だ。エリックに勝てば二連勝になるので通過が決まる。
 エリック戦でもジャンケンに負け、またしても先攻。さっきのショートのせいで自信がなかったので、無難なセフティを選んでこれが成功。入れることができない上に、セフティもめちゃくちゃ難しい位置にブラックが止まる。で、エリックがこれをミスし、僕がブラックを入れて勝ち。通過を決めることができた。

 今回の収穫は、厳しい予選だったのにメンタルがずっと安定していたことだ。今までなら二戦目であれだけ徹底的にやられたら三戦目はとてもじゃないけどまともにプレイできない感じだったのだけど、「まあ、俺は悪いことしてないし、流れで負けただけだ」と、あっさり三戦目に気持ちを向けることができたのが勝因だろう。とにかく、シードされたことと、遠征帰りだったことがいいプレッシャーになった。「タイ帰りでシードなんつっても、予選落ちじゃん」みたいなことになったらカッコ悪いものね。というわけで、今週末から強行軍にて岡山に遠征してきます。


 二月十五日(水)
「タイで買ったケースを見たい」とのご要望をいただいたので掲載してみる。「ハデハデで笑えるケース」と書いたが、慣れてみるとけっこうおしゃれでカッコよく思えてきた。なんか知らないけど評判もなかなかいい。

 岡山行きが危うくなってきている。たぶん予選には出るけど、通ったとしても、本戦前日まではちょっと予定が分からないくさい。去年の経験から行くと、時期が岡山大学の受験と重なっていて、前日くらいになるとホテルは取れないはず。こいつは不参加決定かな……。


 二月八日(木)
 そういえば、まだ帰国してから日記を書いてなかったことをふと思い出した。

 遠征後の一休みもないまま、帰ったその日からお仕事三昧です。なにせ、ホテルの無線LANがやたらめったら遅く、ひどいときは辞書を引いても五分くらい結果が表示されなかったりで、とにかく使えない。そんなわけで、持って行った仕事も思うようにはかどらず、そのあおりを喰っているのです。いよいよ、月末の岡山は危うくなってきた。とりあえず予選に出るだけ出てみて、通過したら一泊二日の強行軍で参加すべきか!? それにしても、初めてベスト4入りしたあの日から、もうそろそろ一年が経つんだな。いやはや、早いものだ。とにかく今は、行けると信じて仕事をバリバリ進めよう。

 驚愕! 子供時代にドラゴンがタイで修行をしていたことが判明! そりゃあ強いわけだ……。つーか誰なんだろう……。マジ似てる。

 そしてニュース! 昨年翻訳した『THE GAME』の映画化が決まったようです! やった! 『アバウト・ア・ボーイ』『アイ・アム・サム』『MASK』などなどの監督や脚本を手がけた面々がスタッフに名を連ねており、かなり期待できそうです。キャストを探してみたら、ジャック・ブラックやケイト・ハドソンなどの名前が挙がっているが、マジか……!? ジャック・ブラックは僕の大好きな俳優で、ずいぶん前から主演として名前が挙げられてはいたのだけど、もし本当ならすごい。とにかく楽しみ! 今年公開との情報なので、これは待ちきれないぞ。


 二月四日(日)
 タイ遠征も今日で終了。今夜十一時過ぎの便で日本に帰国します。到着は朝の七時過ぎ。早いな! とりあえず、美味しいラーメンが食べたい。成田空港にはないだろうなあ。

 昨日はドラゴンとふたりでルンピニ・スタジアムにてムエタイ観戦。リングサイド最前列。僕は格闘技はまったく詳しくないのだけど、随所でドラゴンが生解説してくれたので楽しめた。ふたりとも疲れていたので、ムエタイが終わったらすぐにホテルに帰って来て就寝。今日はこれからTBCに行き、最後の練習がてらアタジットからキューを受け取り、みんなを誘って最後のディナーかな。いやはや、それにしても実りの多い遠征だった。
 今月は、月末には岡山にて公式戦。仕事の都合上参加できるかどうかちょっと微妙な感じはするけれど、できるだけ参加したいな。今回の遠征で得た色々な物が、トーナメント・テーブルでどれだけ使えるのか試してみたい。

 ディビジョン2は「またいつでも参戦OK」みたいな感じになったので、いろいろ余裕があったら、ぜひともまた参戦したい。それがなくても、タイにはちょくちょく訪れることになると思う。一年に一回は来たいな。

 試合に向けて、応援メッセージを送ってくださったたくさんの皆さん、本当にありがとうございました。今回は、スヌーカーという競技を知らない方々から多く頂いたので、そういう意味でも、びっくりするとともにとても嬉しかったです。五月には、新宿にて全日本選手権が開催されます。ぜひぜひ観戦にいらしてみてください。予選落ちなどしないよう、腕を磨いておきます! スヌーカーという、この魅力的なスポーツが、日本でもどんどん認知されていきますよう。


 二月二日(金)
 昨日はアタジットと食事。十時を回ってから、レストランの野外にて豪華な中華ディナーをごちそうになる。フカヒレとシャコとカニ。ビールがうまい。彼は去年の暮れにドーハで行われていたアジア大会で、スヌーカーのシングルス、ダブルスで銅メダルを獲ったのだが、そのときの裏話などをあれこれ聞く。「ファイトゥーンが『これ入れれば勝ち』みたいなめちゃくちゃ簡単な赤をハズしやがって、おかげで2−3で負けて銅だよ。でも、満足してるよ」と、ものすごい好青年の笑顔。
 実は、彼とは昨年夏のチームカップで僕も一度対戦している。あのときは110点というセンチュリーブレイクを出されて負けた。初めて見た試合での生センチュリーが彼のこのブレイク。「でも、あのときよりずいぶん上手くなったね」と褒めてもらった。そりゃそうだよ。あんな悔しい思いして強くなってなかったら嘘だ。「今回もまた強くなるよ」と返事。僕にとっては、本当に思い入れのある選手だ。いちばんそうかもしれない。彼とふたりで食事ができたというのは、今回の遠征でもっとも嬉しいことだ。
 二十八歳の彼は、かつて七年間イギリスでプレイしていた。そのうち二年間だかは、世界でも最高峰の『メインツアー』でプレイしていたのだ。だけど世界スヌーカー連盟の意向により、昔は160あった選手枠がすこしずつ削られ、96まで削られた時に、メインツアーから落ちた。もう十分できることはやったし、練習してもこれ以上は上手くならないから、もうメインツアーに戻りたいとは思わないという。そもそもスヌーカーをいつまで続けて行くかも怪しく、自分としてはもうモチベーションが保てずにいるらしい。今は、自分のキューメーカーと、パブやクラブの経営に手を出している。でも、今すぐ引退するというわけではなく、今年もまたタイ代表候補の六人の中に入っている。がんばれアタジット。彼のキューを日本で売るための橋渡し役を買って出ることにした。うまく実になってくれればいいのだけど。僕も当然、彼のキューを一本買ってみるつもり。

 食事を終えてから、ナイトクラブを二軒ハシゴ。彼は、四月に自分でオープンするクラブの参考にするために、天井の高さや照明、全体的なデザインなどをあれこれチェックするのに余念がない。
 二軒目は、前に車を停めてエクステリアを見るだけの予定だったのだけど、彼は「わお! 友だちを発見!」と叫ぶなり、ドアを開けて外に出て行った。「友だちっていうよりも、スヌーカーのジュニアの連中だよ。あいつら、こんなとこ来てるなんて俺にはひとことも言わないで!」と、にこにこ笑いながら、後を追うように店内に入ってゆく。
 ジュニアたちが騒いでいる席に行くと、テーブル中のまなざしがアタジットに注がれた。すっごい尊敬されてるのが一目で分かる。みんながみんな、手を合わせてアタジットと僕に挨拶をしてくれる。アタジットが僕をみんなに紹介すると、ジュニアたちは「サイモーン、サイモーン!」と、次々に乾杯を求めてくる。結局そこが閉店になるまで僕たちも一緒に飲んで、気づいたらすっかり午前三時を回ろうとしていた。そのうち、アジア選手権や世界選手権の舞台で、あのジュニアたちと顔を合わせる日が来るのだろうな。


 二月一日(木)
 先日、日本でも徐々に利用者の増えつつあるキュー・メーカー、O'min(オーミン)のショップを訪ねて来た。混み合った市場のようなところを行き交う人びとの隙間を縫うようにしながら車でゆるゆると進み、灰色の、廃墟なんだか人が住んでるんだか分からないようなビルに囲まれた駐車場で車のドアを開けると、むんとした熱気の中に漂う、腐ったような生魚の臭いが鼻の中に飛び込んできた。ショップへと向かう道を案内されながら、市場の中を歩いてゆく。生きたナマズやら、なんの肉か分からない生肉やらが、あちらこちらの屋台に日よけもされずにそのまま積んである。これじゃあ生臭い臭いもするはずだ。
 足下は、川水やなんだかよく分からない汁がまざりあった、ひと舐めしたら絶対に腹を壊すにちがいない、見るからに危険な液体で濡れている。原色であったはずと思われるパラソルや掛け物などは、今はすっかり色がくすんでしまっている。ジャッキー・チェンあたりが喜んで使いそうなゴミゴミした、リアルなアジアの市場である。彼ならばきっとこの市場に、魚や肉などを蹴散らしながら車を走らせるに違いない。
「おいおい、俺たちどこに連れられてくんだ? 奥に入ったら窓がない小部屋があって、その中で身ぐるみ剥がされるんじゃないの?」と、思わず胸の中で言う。そのくらいの展開は想像してしまうような場所だ。まさかこんな場所で、名高いオーミン・キューが作られていようとは、実際に見てみない限り、誰にも想像はつかないだろう。頭の中に『燃えよドラゴン』のBGMが自然と鳴り響く。
 市場を抜けると、コンクリートの絶壁と、三メートルほど下を流れる濁った川が姿を現した。それを右手に見ながらコンクリートの川岸をしばらく歩くと、左手にオーミンがあった。いきなり、蹴ったら崩れそうな屋根だけのオープン・エアーのスペースにスヌーカーテーブルが置いてあり、誰かが球を撞いている。川の中を、猛スピードで人を詰め込んだボートが、エンジン音をとどろかせながら走ってゆく。派手に上がる水しぶきと、じっと落ち着いて座っている人びととの対比が面白い。
 ショップに入り挨拶をする。壁には、五、六十本のキューが立てかけてある。奥には工場があって、機械の回る音が絶えず聞こえている。日本で撞いたあのキューも、あのキューも、この工場で作られたんだなあと思うと、なかなか感慨深い。
 しばらくキューを見た後、川の反対側にある豪奢な建物に案内され、そこでケースを見る。ケースもキューも山ほど積んであるが、1ピース用のケースはなかなかいいのがなく、唯一残っていたハデハデの笑えるケースも、もうイギリスから注文を受けており出荷待ちだという。新たに作るには二週間から一ヶ月かかるのだそうで、そうなったら買うほどの理由もない。タイで買うと安いから欲しいだけである。それを伝えると、結局「分かった。じゃあイギリス人に待ってもらおう」ということになり、僕がそのケースをゲット。手に入れてみると、なんだかカッコいいような気がしてくるから不思議である。イギリス人に、心の中で謝っておいた。

 それぞれ用事を終え、また車に乗せてもらって帰還。自分が思っていたのとはまったく違う、スヌーカーの新たな一面を見たと思う。あの場所で、あんな高級家具みたいなキューが作られているとは本当に驚きだ。