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 六月二十九日(金)
 起動しなくなってしまったPowerBookG4をようやく修理に出したのが先週。いちお電源は入ることや本体の状況などを店の人と確認して帰宅。HDドライブの交換だけをお願いしてきた。のだが、先日お店から電話がかかってきた。「電源が入らないのだが」と。だが、直らなければしょうがないので、とりあえず見積もりだけ出してくれという流れで、今日また電話。ロジックボード、つまり心臓部の基盤が壊れてしまっているので、さらに5万円かかります、という内容。
 うーん、これどうなの? 傷の確認とかバッテリーの残量とかを確認したのって、あとで「これは元からこうなってましたよね? ウチの責任じゃないですよね?」ということにならないための確認だと思うのだけど、入っていたはずの電源が入らなくなってしまったら「これは故障扱いで修理します」って、ちょっとおかしくない? なんのために店員さんと僕立ち会いのもとで動作チェックを行ったんだか……。

 文句言ってみるべきかどうするべきか。迷い中。


 六月二十八日(木)
 僕は夜を見つめ、朝を見つけ、そして高く昇った太陽が地面に染みついた夜を吸い上げはじめるころに眠りにつく。目の奥にずしりと響くような朝の光に顔をしかめながらジャージ姿で缶コーヒーを買うために外に出る。また今夜も徹夜した。徹夜したからと言って、徹夜した分だけ仕事がはかどったかというと、近頃はそうではない。僕は徹夜した何時間かのうちの半分ほど、ただぼんやりと考え事をしてしまう。
「こんな人生には、なんの意味もない。こんな人生には、なんの意味もない」
 胸の中で誰かがそうつぶやいている。顔をしかめて自動販売機へと向かう僕の目に、先ほどまで営業していたにちがいない居酒屋やバーの看板が、その役割を終えてひっそりとたたずんでいる姿が映る。僕はあの看板と同じである。誰かに火を点されてようやく役割を持ち、そして誰かに火を消され、じっとする。空気はじっとりと暑い。憎たらしく長い夏がすぐそこまでやって来ている。
 行く先には何もなく、来た道には残骸の山がうずたかく積もるばかりである。

 なんの意味もないものを、僕はこれまでたくさん処分してきた。まったく使いようのないものは捨て、なにかに使えそうなものは人に譲ってきた。この歳になり、自分の人生にはなんの意味もないと思い至り、僕はこの人生を処分しようとしている。だが、僕の人生はそれなりに有用なはずである。僕はこの人生を人に譲らなければいけない。僕のことを知らない、そして僕も彼らのことを知らない、不特定多数の人々に、僕がこれまでの短い人生の中で頭に溜め込んできた宇宙を分け与えなければならない。そうすることで何がどう変わるかも僕には分からないが、確かにそれを欲しているような気が、なんとなくするのである。
 ただ難しいのは、僕にも人並みに自意識があるということだ。人並み以上にあるのかもしれない。その自意識は、僕がいくら「人に譲らなくてはいけない」と胸の底から考えていても、必ず横やりを入れてくるのである。困ったもので、僕はそうしたほんのちょっとした誘惑にとても弱く、結果、摩擦の中でぐちゃぐちゃに掻き乱され、何をどうしたものか、まったく分からなくなってしまうのである。とにかくぐちゃぐちゃで、それはもう何年もそうで、それは時として、友人たちが僕のことをどう受け止めていいのか分からぬほどにぐちゃぐちゃになってしまう。彼らがほんの無造作に投げ入れた小石のせいで、僕の水面にはまるで大きな岩を投げ入れたほどの波紋と水しぶきが立ってしまい、僕はそれを気づかれまいと、冷や汗と頭痛に苛まれながらヘラヘラ笑い続けている。そして僕はいつも、彼らに「ごめん、ごめん」と謝りながら、どこか、感情の波の一切立たない静かなところへと逃げてゆくのである。

 たっぷりと栄養を溜め込んだ緑色をしたつややかな草がそよ風になびく、ただ広いだけの美しい草原が見える。ときおり強い風が吹くとそよそよと草が波打ち、太陽の光を帯にして遙か彼方地平へと、ゆったりと運んでゆく。その景色だけは見えていて、ときおりそのどこかに、白や黄色の花が咲くのだ。僕は基本的に、ただじっと立ちすくんでその花が咲くのを待っているのである。


 六月二十四日(日)
 大阪『ブレイク』にて、第一回マスターズ開催。ランキング上位に入っていたので、予選ナシで招待してもらえた。大阪は、人生二度目となる。一回目は、たぶん中学生だか小学生だかのときで、京都で大晦日を過ごした行きだか帰りだかにちらっと寄ったくらいだったと思う。「寄った」という事実しか憶えていないので、事実上は今回が初の大阪だ。

 試合は、一回戦は地元の中川選手に2−0勝利。続く第二戦は、これまで1フレームも取ったことのない栗本高雄選手。通称マックだが、今回は大阪なので「マクド」(でも「朝マックは朝マクドではないらしい」とドラゴンが、重大なことを知ったよウッチー、という顔で僕に告げてくれた)。1フレームはもつれにもつれて、結局僕が最後のピンクとブラックを取り切って先取。マクドはどうも調子が上がらない。2フレームめもまたもつれにもつれる。最後に「これ入れれば勝ち」というピンクを僕がしっかりはずし、その後、マクドらしくないピンクのフルーク・イン(つまり、まぐれで入った)。
 で、3フレーム。最初に24点だか撞かれてちょっと先行されるも、今日のマクドには追いつける。追いつけないまでも、射程距離には捉えつつ終盤。残りレッド三つくらいになり、マクドがイージー・ミス。いやらしいレッドを入れてブルーに完璧にポジションが出た時点で「これ、俺取り切れるじゃん」と思ったら、どう考えても外しようのないブルーをぜんぜん違うところに外す。で、残りをダダダっと取られてゲーム・オーバー。惜しかった。まあ、今度普通の状態のマックに勝つよ。

 決勝は、またしてもドラゴン×マクド。ドラゴン強し。3−0のホワイト・ウォッシュで第一回マスターズの覇者となった。夜は僕、ドラゴン、朝倉さん、前田さん、そしてドラゴン友人とともにホテル近くの焼肉屋『朋苑』に行き、晩ご飯。すばらしく美味しい焼肉に舌鼓を打ったのであった。

 それにしても俺、ほんと勝負師の心が欲しいです。


 六月二十一日(木)
 帰国してドタバタしている間に、あっという間に一週間ぶりの更新になってしまいました。

 アジア選手権から間もないけど、明日から、週末に開催される第一回マスターズに出場するため、四泊で大阪に行ってきます。とりあえず、パキスタンで負けてから一回も球を撞いていないので、明日早めに着くことができたら、会場となるお店『ブレイク』に行ってみるつもり。最悪でも、明後日の昼間には行って練習したいところだけど、あれか、明後日は予選があるから撞けないかな……。最悪ぶっつけ本番だけど、まあそれはそれでよし。

 さて、ひと眠りして出発するとしますか。


 六月十五日(金)
アジアン・チャンピオンシップ・ダイアリア 第五回


 今日からドラゴンが腹痛でついにダウン。朝七時半に起きて医者を呼び、診察を受け、薬を処方してもらう。同じものを飲み食いしているのに、僕のほうはピンピンしている。やはり、普段から雑菌にまみれて生活していると強くなるのか。抗菌思想には、昔っから断固反対だ。清潔に清潔にと拘禁生活を送っている人は、僕の部屋に二日泊まったら重い病にかかるに違いない。

 朝十一時から、NBAの西尾さんの通訳として、アジアのビリヤード最高会議に出席。ベスト8の一回戦を見逃すことになるが、こんな機会はそうそうない。会議では、アジア大会やシー・ゲームズに関するあれやこれやが議論されていた。詳しくは当然書けないけれど、裏では色々なことがあるんだな。
 アメリカで会っているタイの協会の偉い人と、ちょっと話す。文芸に携わって仕事をしていることを話すと、彼は非常に興味を持ってくれた。彼自身写真を撮ることをライフワークとしており、頻繁に個展を開いているという。今度作品を見せてもらう約束をした。次回タイに行くときは、ぜひとも個展のスケジュールに合わせて行きたい。ちなみに、アタジットのことを訊ねてみたところ、今はもうほとんどバンコクにはいないそうだ。バンコクから百キロほど離れた街にナイトクラブを作った彼は、もっぱらそっちのほうで忙しいらしい。今年の一月に会った時も、スヌーカーに対するモチベーションがずいぶん下がっていたが、このままどんどん代表からは離れて行ってしまうのかな。


 六月十四日(木)
アジアン・チャンピオンシップ・ダイアリア 第四回


 ホテルのワイヤレス・ネットワークがなんか調子悪くて、なかなかサーバに繋がらず、アップロードできないまま、今日に至る。シンガポールのアレックスと「これはワイヤレス・ネットワークじゃない。ユースレス・ノット・ワークだ」とか言ってます。オヤジだ、誰も彼も。

 さて、予選三日目の結果だけど、またしても僕は4−0で負け。疲れ+慣れで緊張感が抜けてしまったのか、ここ二日のようないい球がまったく撞けず。前日のインド人よりもからっきし弱い選手が相手だったのに、惜しいフレームすら無かった。まあ、初出場だし「こんなもんか」とあんまり気にしていないけど。それより、いい勉強ができた。次につなげさえすれば、この惨敗三連チャンも無駄にはならないはず。それにしてもウチのグループ、経験のほとんどない僕と、経験だけは死ぬほどあるオッサン三人。スヌーカーの神様が仕組んだとしか思えない組だ。ひとつひとつ考えながら「参ったなあ、参ったなあ」とプレイする僕とは対照的に、経験だけで「これはこう撞けばこうなる」という撞き方をしてくるオヤジ軍団。もうホント参りました。ごめんなさい。写真は、最後の対戦相手となったおっちゃんと僕。

 で、一方のドラゴンだけど、この試合で一勝挙げました! ベトナムのナンバーワン・プレイヤー相手に4−1勝利。ベトナムはジン・ロンとチャン・コク・ミンから2フレームずつ奪っており、戦績だけはドラゴンと同じ。つまり、まったく撞けないわけじゃない。つーかけっこう入れる。でも、内容ではドラゴンが圧倒して、終始ゲームをコントロールしていた。ドラゴン強くなったなあ、と観戦しながらなんか感動してしまった。すっかり強い選手の雰囲気が出ていてすごく頼もしかった。十点二十点リードされていても「このあとどうせまくるんだろうな」と安心して見ていられた。今回は残念な結果になってしまったけれど、次はなにかやってくれるはず。

 立てキュードラゴンのかっこいい写真。
 試合を決めたブルーがミドルに吸い込まれていく瞬間。我ながらよく撮った。


 さて、本日からいよいよ本チャンの、決勝トーナメントがスタート。予選を抜けたのは、下記。ちなみに、読み方はけっこう適当。どう読めばいいのか分からない名前多すぎ。

香港:チャン・コク・ミン、チャン・ホン・クヮン
中国:ジン・ロン、リュー・チャン
UAE:モハマド・シェハブ、モハマド・アル・ジョーカー
インド:ヤシン・マーチャント、アロック・クマール
カタール:モーシン・A・アジズ
シンガポール:キース・E・ブーン(アレックスは残念!)
バーレーン:ハビブ・サバー
タイ:サポジ・サイニア(通称ジャック・チェンマイ)
パキスタン:モハマド・ヨセフ(ヨセフだった)、サレー・モハマド、ナヴィーン・パーワニ、クーラム・アグハ

 今日は、ベスト16の試合が行われ、チャン・コク・ミン、チャン・ホン・クヮン、モハマド・アル・ジョーカー、ナヴィーン・パーワニ、ハビブ・サバー、モハマド・ヨセフ、サレー・モハマド各選手の敗退は見届けたが、あとひとり誰だったのかな。たぶん、モーシン・A・アジズだと思う。根拠はないけど、対戦相手がインドのナンバー1、ヤシン・マーチャントだったし、こっちの目のほうが大きそうだ。それにしても、チャン・コク・ミンのグリップは相変わらずキモいな。スタンスもだけど。

 夜、メールをチェックしようとロビーに出てみたら、NBAの西尾さんと遭遇。明日ミーティングが開かれるので、日本からわざわざいらしているのだ。ふたりでコーヒーを飲みながら、あれこれ四方山話。そうこうしているウチに、タイやら香港やらインドネシアやら、あちこちの国々からビリヤード協会の偉い人たちが集結。なんかすごい場に居合わせてしまい、貴重な体験をした。

 ちなみに、テレビ・マッチになった僕とモハマド・ヨセフの試合、DVDに焼いたものを日本に送ってもらえそう。今から楽しみ。


 六月十日(日)
アジアン・チャンピオンシップ・ダイアリア 第三回


 行ってきました、第二戦。インドのアロック・クマール選手。「こりゃあまた勝ち目がないわい」と思っていたら、意外に戦えた0−4敗戦。第一フレームは僕が最後の黒を入れて同点。ブラックボール・ゲームの先攻でダブル(ポケットで言うバンク・ショットね)を残し、それを沈められてドボン。第二、第三フレームはまったくいいところなく取られる。
 で、第四フレームはレッドがぜんぶ無くなってカラーボール・ゲームに突入した時点で、僕の32点リード。「こりゃあ初フレーム奪取か!?」と思ったのも束の間の夢。セフティうますぎ。あれよあれよという間にほとんどファールだけで逆転されて、そのまま負けてしまった。それにしても、ファールしまくった。試合終了後、観戦していたインド人の子供に慰められた。インド人のオッサンにも慰められた。ただ、昨日よりいい球が撞けたことが収穫。やはり国際試合は成長が早い。
 残すところは第三戦、スリランカのおっちゃんのみ。ヘンリー なんて読むんだこれ。ボテジュ? ボテフ? Boteju選手。親子で参戦している親子鷹。彼は今んところアロックに0−4で敗れて、次は昨日僕とやったパキスタンのおっちゃんと。よほどのことがない限り負けるだろうから、僕とは一勝を賭けて、双方必死の泥仕合になることだろう。ある意味楽しみだ。ただまあ、僕からみたらやはり格上であることには違いない。とにかく1フレーム。そんだけだな。
 ちなみに今日もロングポットだけは入った。そういう人になってきた。昔そういう人だった人が、ついさっき第二試合に出かけて行ったので、僕もこれからバターボールを舐めながら応援にかけつけるとします。

 んなわけで、ドラゴン対チャン・コクミン(元U21世界チャンプ)観戦してきました。結果から言うと、2−4でチャン・コクミン。勝てそうで勝てない試合。惜しかった。内容ではトントンくらいだったけど、勝負どころでバシッとブレイクを出してくる強さがある分、チャン・コクミンのほうが強かった。あと、チャン・コクミンのほうが確実にツイてた。だって、ドラゴンのフレームボールのはずだったブラウンを彼がミスして、それでもこのザマですよ。こんなのが彼にはたくさんあった。今日のマッチは本当に惜しかった。

 夜は、またふたりでビールを飲んでビデオを観ながら反省会。しかし、ビデオで観るとちゃんと撞いている。練習みたいに撞けている。試合ですっかりパニクってしまったり、わけわからなくなっちゃったりと、そういうのが無い。ロングもしっかりと入るし、ヘッドアップもひどくない。「なら入れろよ」って話だけど、そこはそれ。すっかりいつも通りというわけでもないし、そもそもこんな舞台で球を撞くにはいかんせん経験不足なのでしょうがない。それよりも、初のアジア選手権でいい感じにキューが触れているだけでも嬉しい。今年はロングを入れた。次回はショートゲームを作って参加だな。おっと、まだ明日もう一試合あったな。今日、彼の試合をちょっとだけ観たけど、やばい。実はけっこう強そう……。

 ちなみに、今回テレビ・マッチが行われているメイン・テーブルがこれ
 で、そのメイン・テーブルで昨日僕とやった地元の英雄、モハマド・ユーサフ選手がこれ
 独特のキモいグリップとキモいスタンスで有名なチャン・コクミン選手がこれ
 で、ファール・アンド・ミスの配置をぜったい元通りにきれいに戻せない(どんなイージーであろうとも。そして時にはスポットのピンクもちゃんとリスポットできない)割に、かわいらしいからすべてが許されているイラン人のお姉さんレフェリーがこれ。戻せなさっぷりすらほほえましく感じられるほどかわいらしいので、なんかマスコット的扱いになっている感があり、そういう意味ではドアラと同格か


 六月十日(日)
アジアン・チャンピオンシップ・ダイアリア 第二回


 初日の試合が終わり。まずは十二時半からドラゴン対ジン・ロン(中国)。ジン・ロンといえば、2005年度のアジア選手権で優勝し、メイン・ツアーでプレイしてきたツワモノ(戻ってきたけど)。まずはけっこう快調に2フレームを先攻されるも、ここからドラゴンが反撃。2フレーム連取してタイに持ち込むものの、その後に続かず。結局2−4でジン・ロンに破れてしまった。特にタイに持ち込んだ後はしばらくジン・ロンの様子がおかしかったのでチャンスっぽかっただけに、とても残念。まあ、気を取り直して次。

 で、オープニング・セレモニーをはさんで夕方五時からは僕。相手は昨年度IBSFシニアのチャンピオン、モハマド・ユーサフ。国のスター選手だけあって、いきなりのテレビ・マッチ。テレビカメラ四台か五台かがぐるりとテーブルを取り囲み、つかず離れずずっと傍から撮影している。周りの椅子にはパキスタン人びっしり。でもけっこうがんばった。結果は0−4で負けてしまったけど、ロングだけはとにかく圧勝。ほとんど入れた。ショートゲームで惨敗。全日本どおりだったかな、だいたい。まあ、あの状況であれができたのは大きい。残すふたりのうち片方は、これまた勝ち目のまったくないインド人。もう片方は、もしかしたら勝てそうなスリランカ人。このスリランカ人選手との試合ですべてが問われる予感。それにしても、全部カレーの国だな。

 試合終了後、ドラゴンとビールを飲みながら今日のビデオをひととおり見て、お互いの反省点やよかったポイントなどを語り合う。次の試合で反省点を活かしつつ、よかったポイントは自信を持って積極的に出していくことができたら、今日よりグレード・アップした試合ができるんじゃないかな。
 とりあえず、明日の新聞に載ることだけは確定しているので楽しみ。うまく行けば、写真も載るぞ。


 六月十日(日)
アジアン・チャンピオンシップ・ダイアリア 第一回


 朝八時にドラゴンと日暮里にて合流。この光景も今年三度目か……。そろそろ噂が立つな……。今回は直行便がないため、タイ航空にてバンコク経由でカラチに入る。乗り継ぎをふくめて十四時間という、なんともくたびれそうな道程。しかも、タイのスワンナプーム国際空港は、不必要にデカい。スーツケースを引っぱりながら乗り継ぎをするのに、あんまりいい空港ではないような……と思っていたら、やっぱ歩く。二時間ほどあったので、足裏マッサージをしてもらう。気持ちいい。ゲートに向かい出したところで、香港代表チャン・コクミン搭乗。

 バンコクからカラチまでは、四時間半ほどのフライト。すっかり飛行機にも飽きたので、機内にて持ってきた仕事をする。たぶん「他にやることなにもない」というのが集中力を高めてくれるのか、異常にペースが速い。こんなことなら、成田→バンコクも仕事しながら飛行機乗ってればよかった。それにしても、カラチ行きになった瞬間に客層がめっきり中東。すごく別世界。昔、小学生だったころにフランスにしばらく住んでいたのだが、そのときに乗ったパキスタン・エアラインもこんな感じだったのだろうな。パキスタン・エアラインだけに、もっと中東だったのかも。乗り継ぎもカラチだったな、そういえば。海外旅行なんてたぶん初めてなのに、小さな男の子をふたり連れてカラチで一泊の乗り継ぎを達成した母親のことは、思い出すたびに「やるなあ」と思う。

 さて、カラチ空港を降りたったのが、現地時間の午後八時半とかそのくらい。むわっと熱気と湿気の立ちこめる到着ロビー(というか外)には、すでにシェラトン・ホテルから迎えのバスが届いていた。香港チームのコーチにミネラル・ウォーターを3リットルほどプレゼントされ、一緒にバスに乗り込んで出発。道路はボコボコの、いったいまだ動くのかどうかすら怪しいような車たちであふれかえり、そのすべてが「スキあらば一台でも前に割り込んでやろう」と、クラクションを鳴らし、アクセルを踏み込んでいる。バスの上には「百人乗っても大丈夫」とばかりに乗客たちが腰掛け、中なんて当然すし詰め。ダイヤが乱れているのか、そんなバスが同じ方向に四台ほど列のようになって走り抜けていき、最後の一台だけ、なぜか中を含めてガラガラである。夜だというのにライトをつけていない車も多く、よく見ると、ライトそのものが無いものも多い。空港近くの建物は、さながら廃墟に無理矢理電気を取り付けたような、そんな雰囲気だ。
 こりゃあえらい国に来たなあ、というのが第一印象だった。「ホテルの警備は厳重にする。ホテルからは出ないように」という連絡があったらしいが、これは、出てみたところで……という気がしないでもない。で、当のホテルの警備だが、これがすごい。まるで空港の出国手続きかというくらいの入念なチェック。スーツケースから手に持つからすべて検査され、当然、金属探知機の下をくぐらされ、パスポートをチェックされる。ドラゴンいわく、2002年にパキスタンでアジア選手権が開催されてしばらく立ってから、爆破テロにより、このホテルの半分ほどが吹っ飛ばされたことがあるのだそうだ。なんと、それはまた、なんと。

 ロビーに入ってチェック・インすると、ラウンジの奥のテーブルにノート・パソコンを並べて腰掛けているのは、シンガポール代表のアレックスとキースだ。アレックスとは、歌舞伎町以外で会うのは初めて。談笑していると、一緒に来た香港チームはすでにキューケースを持って練習テーブルを探しに出かけている様子。やはり、すごく体育会系のチームだ。僕たち日本チームはすっかり疲れ果てていたので、話もそこそこに部屋に引き返した。僕はそのままちょっとだけ仕事をし、ドラゴンはDVDを見ていたと思ったらいつの間にか就寝。

 こうしてパキスタン遠征第一日目は幕を閉じたのであった。
 六月二日(土)
 10日から出発するアジア選手権、各国からの参加選手が発表になっていた。こちらからどうぞ。シンガポールからアレックス・プアン来る! シンガポール・エアラインのフライト・アテンダントで、年に何回か新宿にも来ている、ダチョウ倶楽部の肥後リーダー似のおもしろ男。会うの久々だ。楽しみ。他には、タイから男前、ジャック・チェンマイ。パキスタン含めて17国参加だって。情勢が不安定な割にけっこう普通に参加してくるんだな、みんな。